2014年4月22日火曜日

旅の始まり

 熊野古道は、一回行ってどうなる所ではなかった。
もともと僕は旅先で、あっちこっち動く方じゃなく、じっと同じ所に居るのが好きなのでほとんど観光にはならない。
それでも、泉さんの計画的な引き回しがなかったら、暖かい和歌山の熊野古道まで来て、一日中七越しの峰でぼんやりしていたような気がする。(下の写真)
熊野本宮大社の社に入り「コヨーテとUFO」の「ヒット祈願」をしてもらい(宮司さんが「こよーーてーーとーー、ゆーーーーほーーーのーー、ひっとーーーーーをねえがあいーーたてまあつ^ーーりいーー」云々を聞いたときに、真面目なタイトルを付ければ良かったなあと、つくずく済みませんと謝っちゃった。)、次の日には例大祭の参加、渡御祭、斎灯大護摩まで一日中祭というのを追いかけさせてもらった。
おかげで顔が真っ黒に日焼けして、帰って来て肝臓が悪いのかと聞かれる始末だった。
各地から熊野本宮に向かって道が向かっている。
古道というだけあって山の中を縦横に走っている。
奈良、三重、大阪、京都から人が参拝するために繋がっている。
一度どこかの道を走破したいと思うけど、あの山道、道を見失ったら日の目を見ることはないだろう。修験者は平気で山に入り込んだんだし、普通の人たちもそこを登ったり降りたり、野たれ死んだり、追いはぎに会ったり、人さらいに攫われたり、山々を観ていると簡単に想像でき、簡単にひるむ。昔の人はこうだったんだろう。簡単に恐れ、簡単に憧憬をもち、簡単に森羅万象を身に入れ籠み、神様、仏様、樹木を信仰したんだろうなあ。
上で一緒に映ってる地元のシンガーソングライターの丸石輝正君は「この土地に居て、まだ一度も古道を歩いたことがないので、近々どこかの道を歩こうと思っています。なにも知らないのも、どうなんだろうと思うので。」と言ってたけど、是非やって欲しい。
石巻の田舎に帰ったようなしみじみと柔かい気持ちになれた。
川の砂州にこんもりと樹木の生い茂っている所が元々あった本宮で、氾濫で流されて右端の真ん中に見える本宮大社に移動したそうだ。
僕が唯一歩いたのがここで、ここから左に山を下りて行き、ぐるっと迂回して左の森の真ん中から見切れている所に出て、道なりに本宮。

道内の旅がスタート。
帯広、ホーリーズ。
久しぶりに帯広。店も場所が変わっていて、前の店よりも少しすっきりして、日の光が似合う店になっていた。
堀越さんは相変わらず不思議なオーラを出していて、僕にはとてもいい波長が伝わってくる。
お客さんがリラックスしているのをこのごろ良く感じる。
こっちの問題なんだろうなあ、この感じがもっと広げられればいいね。
上々のスタートがきれました。

次は、伊達のカンジー。4月27日。

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