2020年4月24日金曜日

まだまだ頑張れー



みなさん、変わりなく元気に暮らしていますか?
こんなに人への愛に溢れざるを得ない災厄というのは多分ないかもしれないなあ、とつくづく思います。

自分が罹るより人にうつしたら大変ということで判断をしなければいけないのだから。
えいやっ、とやってしまえば無事に終わるかもしれないし、ほっとはするだろうけど、迂闊に手は出せない選択になってしまう。

でも、考えるのにも飽きたし、家にいても何も生まれない。
派手に立ち回ろうというわけじゃないけど、歌わないで、ギター弾かないで、曲を発表することもないまま酸欠で水面をパクパクいう魚になりたくない。

僕の家は今ピカピカだ。
窓もトイレも風呂場もカビ取りやって、換気扇掃除して、ステンレスを歯ブラシでこすって、最初は楽しかったけど目的達成して第二ラウンド行こうと思ったけど、余生をトイレ掃除に捧げる気分にはなれない。
のるか反るかの確立には賭けないけど、気持ちがめげていない限りは普通に暮らそう。
形に残る作業を始めます。
もっと自発的に動こうか。コロナ終焉の日のために。

明日25日のローグ(札幌)のライブは延期になります。

各ライブハウスも軒並み5月6日まで休業と決定したようです。
みんな生き延びるためだけに頑張ろう。
ようやく店の休業補償もある程度形になった。

      
      疫病と世界史 ウィリアム・H・マクニール 上・下 中公文庫

         BGM  The Ventures   Knock me Out     Live in Japan
                                                小林旭 アキラ 4
         
      

2020年4月10日金曜日

雨のち晴れ。近所のピアノ。4月10日


政府緊急事態宣言から二日め。

北海道は昨日18人、一昨日10人、二日合わせて連続2けたという発表。

毎日こんな数字を発表されてるんだけど、果たしてこれにはどんな意味があるんだろう?

ニュースは最早なにがしかの希望に火を灯して前に進んで行くという気概を持たない、ただの一見本当らしい数字を公表し、その数字に恐怖を付け足して最終的には人々を不安に陥れようという意図しかないもので良しとしている。もう付き合うのをやめた。

震災の時のように犠牲者の名前が発表された時は、自分たちは被災地じゃないから、みんな知らない人だし、という雰囲気で日本中は見ていたけど、今回はエリアが全国。
空襲と同じでいつ自分の頭に爆弾が落ちてくるかわからない、ある意味平等だし、情け容赦無く、空襲警報だって発令されない。落ちてくる音も聞こえない。
今の所国民を安心させる気配はない、国には。

マスクだってくれるというならば黙ってもらうし、国は金を使う気が無くただむやみに時間だけを使って先延ばしにする(仮にこれから先この戦いは長丁場になり、そのために一気に金を使うわけにはいかないという深謀遠慮があるとしても、この時期であればそこは詳らかに公表できる範囲で説明するのが仁義だろうに)作戦だろうが腑に落ちれば納得するし承知もするだろうに。なんだろうこのヴィデオゲームみたいな平面感。

4月25日のローグは自粛に伴う自粛です。
こんなに世の中に同期しちゃっていいんだろうか?僕らの生活権、人権は誰が担保してくれるんだろうか?それと世の中の圧力は相当強い。2極対立の構造にならなければいいんだけど、何においても。この空気はまだまだ強くなりそうで嫌だなあ。

詩の4編完成
「LIGHT」、「風景モエレ」、「スカートも微妙な丈の紺」、「悲しみだって静かなもんだ」、曲はこれから。多分傑作。たぶん。タブン、perhaps.
どっちかというと真面目に創作活動しているかもしれない。
明けない夜はないことを信じて、やりたいことを全部実現できるように下地作り。

毎日1日1日、じりじりと開ける日が近づいています。
くじけず歩めばなんとかなります。
それと普段の、不断の用心。

イェィ!

雲静かに流れているオロロンラインの風景です。

近所のピアノレッスンが終わったみたいで、またこの辺りは静かな住宅街に戻りました。