2023年1月30日月曜日

寒いぜ札幌!でもこれはこれでいい!!


 「女と男のいる舗道」1963年、中学1年のときの映画で、ガキの観る映画ではなく、ハードルの高めに設定されたものだった、と思う。フランス映画嫌いはこのころのイメージ拠るところが大きい。大人になってもその感覚は抜けず、明らかにトラウマになっている。

何かに傷つけられたり、ひどい目にあったわけではないが黒沢の映画が嫌いというのに多分よく似てる。今でも加藤に評価されているんじゃないかといういちゃもんみたいな評価が自分の中に頑としてあり、そこから一歩も前に進めない。

それでもようやくこの年になり見ようという気になった。

でもやっぱりピンとこないし、映画を見るという高揚感が全くなく、何かしら映画から溢れ出る優越感や人種差別みたいなものが、これはこっちのいわれのない言いがかりだかR弁解の余地はないが、好きになれない、”お前嫌いだ”という頭からの一言がこぼれ出る。

途中「人と人が話しをする」ということを主人公の娼婦と老人が話す場面があった。

その場面が素敵なのだ、そう言いながらも。


♀ 人は物言わずに生きるべきだ。話しても無意味だわ。

♂ 本当にそうかね。人は離さないで生きられるだろうか?そうできたらいいのに。言葉は愛同じだ。それなしには生きられない。

♀ なぜ?言葉は意味を伝えるものなのに。人間を裏切るから?

♂ 人間も言葉を裏切る。書くようには話せないから。だがプラトンの言葉も私たちは理解できる。それだけでも素晴らしいことだ。2500年前にギリシャ語で書かれたのに。誰もその時代の言葉が正確には知らない。でも何かが通じ合う。表現は大事なことだ。必要なのだ。

♀ なぜ表現するの?理解し合うため?

♂ そう、考えるため、考えるために話をする。それしかない、言葉で考えるを伝えるのが人間だ。

♀ むずかしいことなのね。人生はもっと簡単なはずよ。

♂ 人生を諦めた方が上手く話せるのだ。人生の代償

♀ 命がけなのね

♂ 話すことはもう一つの人生だ。別の生き方だ。話すことはーー離さずにいる人生の死を意味する。上手く説明できたかな?話すためには一種の苦行が必要なんだ。


人生を利害なしに切ること、でも毎日の生活にはむりよ。だから人間は揺れる、言葉と沈黙の間を。

♀ 考えることと話すことは同じ?

♂ そう言葉は魂だと。

僕の家のテレビは白黒映画を写してるはずなのにこんなパープルに映る。去年の秋口からこじれてきて基盤修理でなんとかしてきたけど、さすがにこれはもう自分の視覚と脳みそをごまかすのに限界がきた。買い換えたらつまんない普通のテレビになってしまった。結構アートでサイケデリックだったんだけどなあ。

この映画、最後まではまだ見終わっていないで栞挟んで休んでる。主題曲が当時好きだったんんで最後を見届けるだろうなあ。場面場面が今見てもおしゃれで雑誌のグラビアみたい、それでも入れないのはこっちにも責任が十分ある。なんかすっきりしないなあ。

若者の中に無理やり突進している齟齬っていうやつかもしかしたら?


新年の挨拶も今年はしないままに2月を迎えんとしている。

先週、境長生くんとエルマンゴ。非常に感じのいいライブを行ってきました。今年も元気に行けそうです。

開けて2月3日、東京コッキーポップコンサートに一平さんと乗り込んでいきます。東京近郊の皆さん是非おいでください。僕らまだ結構すごいから。