2016年7月6日水曜日

And September コンサートの告知じゃ。



 9月のコンサートの準備、今年は早い。
フライヤももう出来たし、チケットの発売もしてるし、アレンジの打ち合わせも3月にはおおよそ済んで来週からいづみちゃんと詰めの作業。弦のアレンジに関してはいづみちゃんにほぼ丸投げ状態でこっちは好き勝手言うだけ。いつか殴られるかもしれない。
 今月にはせいので音合わせに持ち込もうと思っています。

 今回は弦カルに木管を3本加えようということになり、やったことがないので楽しみといえば楽しいんだけど不安も結構あります。ハードルを上げていってどうするの?とはいづみちゃんの言葉。まあ、どこまで上がるものかわからないけど、やりたいことはきっちりやってしまおうというのが最近の流行りです。
 山木さんの攻めを見ていて、とりあえず飛ぶことから。あとは知らん、でいいかなあととみに思います。がんばるというのとも違う気がします。気力振り絞ってというのでもないし、次に進む興味が一番だろうね。

 それにしてもシャレになんないくらい寒いなあ7月だというのに。
 札幌の夏が削られていくみたいで悔しいなあ。

 明日は哲二と旭川のライブの練習を7月にオープンした深澤くんの店「キャッチボール ラジオ」でやらせてもらう。改良、改善しながらゆっくりと店を開けてゆくということで今週は金土日の3日間の営業ということです。どういうふうな店になるのかこれからです。足を運んでください。旧円山市場の裏、北1条西24丁目2−26。 
 
 

2016年7月5日火曜日

目出度いね、二福神。


 東京はいつも新宿に泊まるんだけど、今回は山木にピックアップしてもらうので阿佐ヶ谷界隈に宿をとった。
 近所に商店街、アーケードがあり宿泊というよりは生活している感覚で、あっちこちぶらぶらしているうちに今回の旅は楽しくなりそうな予感が思いの外涼しい夜風と一緒にやってくる。

 山木とはもうずっと昔から折あるごとに歌ってきた。
 始めた頃は今思うと、若いということや、経験の少なさから、お互いのペースをよくわかっていなかった、発信信号の受信不能など、人前で演奏することに舞い上がって浮かれていて。それはそれで楽しかった。
 山木は半袖のシャツの下に布袋さんが真ん中にプリントされた不思議なTシャツを着ていた。いいねって言ったかどうかよく覚えていないけど何か言ったのは覚えている。
 「いろいろ世の中人の目をそらす作業は必要でよ、んまあ、結構気にいっている。」
 確かに布袋様のTシャツは目論みわ全うしている。

 七福神という歌を歌っている。
 お祭りという歌を歌っている。

 本番が始まって自分の出番を終え、楽屋で山木の唄うのを聞いていると、ふと、パンクやってたというニール・ヤングのことを思い出す。
 パンクやってるニール・ヤングは聞いたことないけど、怒り、ぶっ壊し、反抗、中庸嫌い、世の中の曲がり具合へのアジテーション、love and peace、が今の山木の歌から聞こえてくる。もともと怒りっぽい男だけどそれに拍車がかかっている。かっこいいぞ山木。
 もうお互い手探りで前に進んでいくような歳じゃないし、そういう臆病なものはもうないかもね。

 4日間やりたいようにうやらせてくれたお客さんに感謝します。
 とても楽しい4日間でした。
 4日間は続けてやっても大丈夫だということがわかりました。やらないけど。
 楽しく刺激的なドライブだった。ザ・ドライバー山木にも感謝。

 もう少しここに書き足すかも。

今週は旭川、武田くんのところ、ハイジャックでライブがあります。
日曜日7時からスタートします。久しぶりに哲治とやります。
 
 

2016年6月8日水曜日

水の底に映った月

帯広のホーリーズ、堀越君とリハーサルやる前に思いっきり深いスターウォーズ暗黒面,活性臨界海面について話し、本番終了後打ち上げで楽器に理力(フォース)は宿るかなどについて話して2016年のライブを終了。
 お客さんも元気で、こっちも元気でハッピーなライブができました。
 今年もみんな健康で明るく集まってくれました。

釧路は久しぶりのサオリさん。
 えいが館は変わらず5年前に訪れたまま静かに建っていました。
 時間が流れたり止まったり、風のようにドアからこぼれてきたり、天井にひっそりと隠れていたり、時々触れてくれるような感覚を感じさせてくれます。
 晴れ渡った釧路は今まで見たことない街でした。札幌の隣にあったらきっとヒットしそうな街なみを見せてくれていました。札幌の隣というのが偉そうだけど。
 素晴らしい時間をえいが館から分けてもらいました。ありがとう。

 別海はちょっと境界線のある街で、釧路から快晴の中、まっすぐな道が続くんだけど畑と林、森と潜っていくうちに別の次元のもう一つの街にスライドしていく感覚があるちょっと変わったところに位置してる。
 小野さんという酪農家なんだけど髪の毛がヒッピーみたいで、ちょっと見るとヒッピー
で、挨拶すると普通の酪農家で、話してみるとヒッピーで、全体がヒイピーというご機嫌な人に迎えてもらいました。
 ありがとうね。客席の後ろのエアコンがものすごい音で、昔やった横浜のライブハウスと五分で渡り合えるのにはちょっと驚いたけど、楽しかったよ。木嶋さんのケーナも良かった。またかまってね。

上の写真は帰り道、別海の出口あたりだったかなぁ?不思議な壊れ方をしている廃屋があったので車止めて撮ってみた。ゴシックホラー系のようでもあり、ワイエスのクリスティーナの世界の枠外に描かれていそうですごく気に入った物件でした。

 帰ってきたら、手風琴のリハーサルが絶賛開催で、猛烈な勢いで追い込んでいました。
 番組「幸男さん」のディレクターオーケー藤井の全方位仕込みによる熱意、気合い、根性、誠意、意地、こだわり、自負心その地諸々の渦巻きでコンサートに突入できました。
 ものを教えてくれる人は、黙って教えてくれる。
 それが一番身につくのだということが藤井に教えてもらったこと。
 バンドは偉大なもので、体や心が一応基本的なことを忘れずに覚えている。
 それと音楽への多大な愛情。
 それを目の当たりに見ることができたファンの方々は幸せでした。

次の日は6月5日、ラジオかロスの深澤くんの番組3周年記念に行きました。
ラジオがこれから大きな媒体になると信じている男で、無闇に僕を応援し続けてくれている男です。当日はロケット姉妹も一緒で、元気な人たちが集まっていたイヴェントでした。
 深澤くんは円山で店を始めるらしく、オープニングは歌ってくださいと頼まれたので、いいよ、と返事したので近々告知するかもしれません。
 トールもゆきちゃんも相変わらずほんわりとしていました、バンドとしてもますます良くなっています。

 さて、山木くんとの対バンです。真面目に練習に励まないと。
 今回の「水の底に映った月」山木康世、アルバムはとてもいい仕上がりです。身を委ねられるぽっかりとした空間を作ってくれています。自分をそこに入れてくれるような感覚でしょうか。
 あと2週間です、関東方面の方々、集合してください。

2016年5月12日木曜日

フォークボールが投げたかった。


0の行進

おそるべき 君たちの声
レフトスタンドから まっすぐに
風は止まらず吹いてくる
グラウンドに立つ 水撒きの虹

サイレン一声 君たちの声
人生に一度の スクラムの声をあげ
どんなに苦しくとも 辛くても
今以上の声があがることはない

僕は一塁側の てっぺん
止まらずの風は スタンドかけ登り
応援のひとの声つかんで
真正面の体当たり

本当なんだよ
偉大だね 若い日の匂い

なんて素敵な香りなんだろう

誰にも気付かれず
上昇気流に乗り
散り散りになる 夏の日の匂い

おそるべき 君たちの声
緑に囲まれた緑のグラウンド
どんなに苦しくとも 辛くても
今以上の声を立てることもなく

夏はほんのひと時
若さの香り、緑の香り、木々の匂い、グラウンドの匂い
並んだ0の行進

              2009・6・25

円山球場の高校野球、楽しいよ。駒沢の田中君もオリックスのイチローもここで観た。
キャチボールやらなくなって随分経つなあ。
捨てた記憶もないのにグローブとボールどっかに行った。
ボールを曲げたり落としたりできるようになるのに、どれくらい投げればいいのかわからないままにキャッチボールしなくなった。
本を見て変化球の握り方は研究したけど、投げなければボールは曲がらない。
夢叶えてやると言われたら、フォークボールを投げられる人になりたいかな。
野茂も円山球場で観た、ような気がする。



あと1週間で道東シリーズです。
帯広のホーリーズ、釧路のえいが館、初の別海、この季節なんか楽しいです。




2016年4月26日火曜日

アンドロイドは歌うたいの夢を見るか?

  

紀宝町のフォークスは和歌山県と三重県を境にする河口から海に出る道沿いにあり、オーナーのハマさんが丹精込めて作った店で、音楽と楽器をこよなく愛してる空気が感じられる店でした。
 人には大事にしている時があり、その時を反芻するというよりも生きていく力に変換できる人達で僕ら歌うたいの生業を後押ししてくれていると思うことが多々有る。
 2年前の台風でフォークスのライブが飛んでしまいました。

 機会があったらリベンジをと思っていて今回それが可能になった次第です。
 
ライブハウスはいつも来てくれる人、遠くから長い時間かけてたどり着いてくれる人、地元の人、たまたま通り過ぎてふんわりと入った人などで成り立っています、どの部分の人が多いかによってその時のライブの空気も変化します。
 それぞれがどんな気持ち期待、ふんわりした気持ち、連れてこられてぼんやりとした気持ち、いろいろです。
 
 次の日の串本、ヴァレノワールの送迎をしてくれるということでハマさんの好意に甘えることにしました。行きの車の中でたくさんの話をさせてもらいました。
 ここまで音楽に関わって生きてくると趣味の話のような、人生の話のような、そのあたり、僕らは穏やかに話し合いました。そうだね、ハマさんは見た通りの穏やかな人で時々インテリの人という感じが出る人でした。
 僕はもう、音楽もお客さんも恐くはなくなってきているので、ライブはきちんと進んでいきます。悪いことは言いません、僕のライブは今が旬です。こればっかりだね。

 串本のヴァレノワールは2年前台風が来ていて、店の窓から海に波が立っている時やったのをよく覚えています。ずっと天気に恵まれ、その上天気を受けるようにこっちの気持ちも上々、「いやあ、元気をもらいました。」と黒谷さん、それはこっちです。お母さんも元気そうで何よりでした。また、折を見つけてライブやりましょう。
 ここから川端さんと合流で、遠い和歌山で札幌の人の顔を見るとのが一気に札幌の風が吹くのが面白いね。

 大阪から3時間かけてフォークスに来てくれ、そして終わったらそのまま帰って行った昔からのファンの方、名古屋から、東京から、本宮で知り合った友人、駆けつけてくれたみんなもありがとうございました。
 神戸から6時間かけて駆けつけてくれれ、終わったらやっぱり車で長距離帰って行ったオールドファンの方、和歌山の友達、東京から応援に来てくれた方ありがとう、そして楽しかったね。
 
 次の日からはひたすら寺社めぐり。
 
 熊野古道歩き、基礎編。次はさらに深いところに行きたいけど、本当に深いところは無理かもなあ。蛇2匹遭遇、お願いしても出てくるんだろう。平和に歩きたいんだけど、こっちの都合ばかりっていうわけにもいかないんだろうし。はは。

 スペシャルサンクス,泉さん。ありがとうございました。深謝。


毎週、「幸男さん」で一緒にしゃべってるオッケー藤井から6月4日の手風琴コンサートのチケット売上状況がメールで送られてくる。あと少しで売り切るところなり。相当な気合いです。
 あとは、音楽の仕上がり次第。
 これから最後の仕上げに向かっていくみたいです。僕はこれから彼らにつべこべいう仕事なので、つべこべの練習します。

74年の奇想天外という雑誌に「1984年を超えて(2)」パネルディスカッションの記事が出ている。1964年にPlay Boyに載ったものの転載ということでなんかねじ曲がっている企画でまるで次元が違うところの記事でした。古いSF雑誌というのがいいね。思い切り古いんだけど、世の中、人が想像するよりもさらに先を行ってることや、全く方向が違うことや、全く違う世界観などがぐちゃぐちゃしていて面白い。未来のセックスという項があり「純潔と一夫一婦制の美徳を説いているの境界も学校も本ももう社会を代弁していない。社会を代弁しているのは広告だ。広告には、セックスは販売を促進するという金言があるが、セックスもセックスの自由化を促進する。」、レイ=ブラッドベリ・アイザック=アシモフ・スタンリー・クラーク・ポール=アンダースン・ロッド・サーリング・ロバート=シェイクリー・ロバート=ハインライン・シオドア=スタージョンが集まってディスカッション。メンバーがすごいなあという単純な感想。1974年の雑誌。
はははだすね。
  





2016年3月30日水曜日

桜3月にはまだ早い。さて4月です。


というわけで春。

山から下ってここまで歩いてきた。
この電車は図書館のほうを回って山鼻方面に行く。
久しぶりに電車に乗ろうと思って停留所。

春の景色もあるのかもしれないね。
一気に雪がなくなって街は去年みたいに茶色の世界になっていた。

小銭両替機が運転手さんの脇にあり、そこにはカードにチャージしたり、携帯で支払いしたり、カード読み取ったり、現金収納したりするする機能を持ったマルチな料金箱があってしばらく乗っていないと結構わけわかんないことになっている。何かの説明が書いてあるわけでもなく、みんな普通に乗り降りを繰り返す。路面電車とバスは昔から人をドギマギさせるものだったけど、今ではいろんな説明も放棄した感があってどうすんのよ?という感想。特にバスなんか距離によって刻々料金が変わっていくから小銭を手の中で数え直すのに忙しくてすようがない。普段から乗る練習しておかないといけないかもしれない。
 検索すれば出てくるんだろうけど、そこまでして乗るものでもないんだろうけど、もう少し年齢がいくと聞いたり訪ねたりするのが億劫になって乗り物に乗らなくなる人が増えるかもね。

行啓通で降りて今度は藻岩方面、自宅に向かって歩く。
ピザ屋によって休憩。
春はやっぱり文句の付け所がないね。

クラップスホールでのコンサートもすっぽりと落ち着くところに落ち着いた良いライブでした。演ってる人も聴きに来てくれたお客さんも素晴らしい空間を作ってもらいました。
鈴木ゆう君のバイオリンとギター、ゆきちゃんのアコーディオン良いセッションでした。ノリさんと哲二底をしっかり作ってもらい、いづみちゃんには熱とメランコリックパートを持ち上げてもらいました。たくさんの人が毎日せっせと生きている、音楽はその部分部分を引っ張り、膨張させてくれるものですね。

手風琴はこれからライブをやるみたいなので頑張って欲しい。小松が舞台に出られなかったことは残念だったけど、一応メンバーが息災だったことがわかってよかったと思います。

そのあと、先週、BAR MEISでの深澤雅一主催「She is a music」も大変盛況でちょっと珍しいノリの中で開催されました。なんかみんな楽しそうで、普段あまり行かないだろうBarでの開放感と空間のあるライブだったね。是非、これからもやりたいなあ。
またみんなで騒ぎましょう。
ありがとうね。
深澤君お疲れ様でした。


このまま行くと3月はここに何も書かないまま終わってしまう。
早いなあ。相変わらず。

Air G 「幸男さん」絶賛放送中。なんちゃって。火曜日、25時から25時30分。
4月からも引き続きあります。ね蒸れない時、何か気にカカk、人生に疲れた時る、にぜひどうぞお聞きください。

「自分の死は地球より重い。他人の死は犬の死よりも軽い。」人間臨終図巻2、本を全部処分するとこういう目にあう。断捨離の言葉に騙されていろんなものを捨ててしまった。断捨離なんか金輪際しない方がいいとこの際大きな声で言っておきます。捨てた時のすっきり感とそのあとの後悔、どっちが大きいかというと後悔の方が圧倒的に大きい。
もう日本はものを捨ててスッキリできるほど贅沢な国じゃないんだということをこのところ痛感している。多い、断捨離の責任者出てこい。
そんなわけで、人間臨終図巻2買った。寝る前に読むにはこんな便利な本はない。
火星の人、インターステラーのスピンオフかと思うような外装、久しぶりのハヤカワ文庫。SFが今どのくらいの島を作っていてどのくらいの規模なのかがすっかりわからなくなったんだけど、ハヤカワはまだこのジャンルで刊行し続けているのは偉い。

というわけで、桜4月になんなんとする今日、3月30日。

2016年2月7日日曜日

真冬も点々と。


 冬の藻岩山は流石に雪のない季節よりも登る人が少なく、日曜日で天気も晴れているのにすれ違う人が少ない。
 岩や石が道にない分だけ登り易いことこの上ないんだけど、やっぱり寒い。
 体が運動不足で腐りそうなので、ダウン着て厚手のズボン履いてイヤホンの上からイヤマフを被せ、ダンロップの長靴履いて家を出た。冬用の登山靴を持ってるんだけど、冬の登山者を見ると長靴履きの人が多いので、それ以来長靴。
 毛陽と雪かき以外で長靴が生活にあるということはない。おじさんの鉄板グッズか、それでも年がら年中長靴は蔵われることなく、玄関の入り口の脇を占拠し続けている。

 冬、長靴で山を登ってるのは多分札幌の人ぐらいなんじゃないかと思うと結構痛快だね。本当のこというとスーパーにも長靴で行くことが多い。
夜だとコンビニにだっていく。このまま長靴に慣れ親しんでくると近い将来街にまで繰り出しそうで、誰かに生き方の注意を受けないと止まらないかもしれない。タガというのがあって、それがだんだん緩んでくる。一旦緩んだタガはそう簡単に元に戻らなく、世間体ということさえぶっ飛ばしそうな破壊力があるんだなあ、これが。
 高校時代は一年中長靴履いて学校に来る奴がいて、そいつのことはみんなどこかでカッペだと思ってたんだけど、タガさえ緩めばどうということはない、近い将来、僕はコンバースやめてみつ馬の長靴信者になる様な気がする。ダンロップの長靴は赤の色が強すぎて履いていてなんか傷つく。派手でいいなあと買った時思ったんだけど、慣れ親しんでくるに連れ、もう少し地味な方が文字通り地面に足が付いている感がある。
よくわからんものだ。。

 冬の空は雲の流れが速く、木々は皆葉を落とし、山の線や札幌の街が透けて見える。
 カラスだけが裸の木に止まり青空バックに時折鳴き散らす。
 谷になってる下の雪の上に足跡が遠目にもくっきりと見える。
 点々と。
 狐一匹が通って行った。
 雪にも埋もれず残っているところを見ると、昨日今日の新しい足跡なんだろう。
 気にして見ると、思いの外、というか登山道から見えるだけでも結構たくさんある。
 登山道を横切るように交差しているもの、急な勾配を登ってきたのか登山道にでくわし、引き返し迂回している足跡、その足跡から二股に分かれたもの、二股に分かれているにもかかわらず足跡は一匹のもの、尾根を渡って木立に消えてゆくもの、飛び跳ねて進んでいるのか歩幅の大きいもの、こんなきつい季節もものかわみんな一匹で生きている。
 生きているものも、動くものも、食べるものもないのに(多分)こんな小さな山をうろうろ徘徊して、夜の夜中、急な山を登ったり下りたりしてどこかで食料を調達する。
 道理で家の前の夜中を、つがいの狐に出くわすわけだ。
 冬の藻岩山、足跡を見に来るだけでも甲斐はありそうです。

 来週の火曜日、2月9日、時計台でEZO音楽祭というイヴェントで歌うので雪まつりに出てきてたらおいで下さいな。久しぶりのちょっと寒い時計台、如何せん古い建物なので寒いの暑いのを言っちゃいけません 。ちょっと不思議な空間感があります。学校の化学実験室、教会のようなノスタルジックな。

 風邪が流行ってるので、その用心だけでも結構疲れる毎日。
 年々、本当に風邪がたちが悪くなってきて往生するね。
 歌唄ってなかったらもうちょっと無用心になれるんだけど、人生はなにかと不自由で、結構いろんなものから自由を吸い取られ面倒くさいものになっている。
 だからと言って狐になりたいと思うだけの男気も潔さもちょっとないしなあ。
 今この時間も藻岩山の狐は何かを口にしたか、それとも今日も何も食っていないと思いながら雪の上に足跡を残してるか。