2015年8月11日火曜日

あっけないもんだ、夏なんて。


ものすごい雷が地響きを立てて轟き渡る。
すぐに雨がどやどやと降る。
雨が開け放たれた窓から入ってくるが、降りっぷりがいいのでそのまま放っておく。

あっけないもんだ、夏なんて。

心霊捜査官だったと思う。滅多にタイトル覚えないんで、もしかすると自分が何を見てるのかも自覚がないのだが、エクソシストだな?暇な時にケーブルテレビのタイムスケジュールを見ていて大雑把に取り溜める。once ダブリンの街角で、ソウルガールズ、パピヨン、山猫,オン・ザ・ロード、THE'60s/冷戦、トランセンデンス、エウロパ、バーティカル・リミット、ダーク・スター、ノアの箱舟、ナイン・ゲート、ジャージーボーイズ
昔より今の時代がいいに決まってる。
はは、若い奴が羨ましいなあ、なんだかんだ言っても。

あっけないもんだ、夏なんて。
比喩でもなんでもなく、毎年の感想。

それが済んだら9月。

上のコンサートの告知です。
デザインしてくれたFIXEの橋本女史曰く、「one on one」の進化系、わしもそうだと思う。
頑張ります。
フェンダー欲しい。

2015年7月27日月曜日

ナバロンの要塞だぜ。




 暑中お見舞い申し上げます。

 暑い、ような気がする。

 夜になれば普通に気温が下がり、寝苦しいということもなく、朝まで大体睡眠の底。
 それでも、いくら寝ても充分な睡眠というものはないもんだ。

 このところ本ばかり読んでいて、目の前に幕がかかる所謂疲れ目でカエルや蛇の気持ちがよくわかる。一日に文庫本一冊は楽勝だったのに、今は登山みたいにはあはあ息切らせながらページをめくる始末。
 ふと思い立って目薬を買ってみる。
 慣れないから上手く目の中に落ちていかない。目薬の雫が怖くて、一滴垂らすたびに目がよける、人が目薬を差すのを見てると簡単にやっているように見えるけど、自分でやるとダメだ。目の周りが子供の使った台所みたいにビシャビシャになっていて、運よく瞼にたどり着いたやつが薬の役目を担う。慣れなんだろうけど、どう考えても正しい点眼とは言えない。衛生というところから見ても間違ってるような気がするけど、今しばらくはこれしかない。
 こんなに痛いもんか?と差すたび感じるんだけど、こんなもんなんだろうなあ?
 
 それにしても湿気ってるなあ?今年の札幌は。
 今だって湿度は80%。
 9時半か?思いの外気温が下がらないな。
 肌がヌメヌメして気持ち悪いなあ。
 カエルか蛇になった気分。
 今日は一日中爬虫類の日だなあ。
 やんなっちゃったなあ。舌でも出してみるか。

 上の写真は藻岩の下にある水力発電所。そばに行ってみるとウィー〜ンと唸ってるので何がしかの仕事はしてるみたいだけど、あまり熱意は感じられない唸り方で、とりあえずやってるぞという姿勢だけは見せておこう的な様子。
 何か説明看板ぐらい立てて、真面目にこういったことに従事していますくらいなことを書いたほうが親切なんだけどなあ。結構珍しいものだしね、今時街中の物件としては。
 以前はここもどこからでも見える風景だったんふだけど、街が覆いかぶさってしまい記憶のある人にしか見えない場所になったね。

 9時45分になったけど、まだ暑い。26度。はは、暑くはないか?

 僕はこれから机に向かって勉強します。
 ノートとペンは用意できてます。
 あとは、頭の中でこっそりと隠れているやつを引きずり出し、引っぺがして目に見えるように文字に変換することだけです。
 厄介なことは何もない、ただノートに書き写すだけ。

 みんなも夏に負けないように精を出してください。
 年々歳々どの季節も手強くなってきますが無闇に押し切られたり、肩入れしたり、突き落とされたり、過渡に思い入れしたりすることなく、淡々と優しい気持ちで過ごしましょう。

 10時02分。ようやくカーテンの裾から足元に20度くらいの空気の気配。
 7月27日。

 K、頭にきたって?久しぶりに聞いたなあ、その言葉。あんまり使わないからね最近。
 H,切って治るものならそのほうがいい。しばらくは平穏で暮らしていきたいもんだ。
 J、還暦を迎えてのセッション?まあ、あまり年齢にこだわってもだんだん息苦しくなっていくよ。動くものはいつかは止まるし、立つものはいつか静かになるなんてね。
 A,確かにギターは上手くなってるような気がする。欲しいものがあるかどうかはものすごく大事なことなんだって。いつまでも欲丸出しというのは今更にかっこいいかも。
 Y,サンマの佃煮まだ開けてないけど、きっとおいしいような気がする。

 昔、稲村さんが自分のブログを連絡板のように使っていたことがあって、そんなプライベートなことを書くなんてと思ってたけど、本当はそうじゃなかったんだと最近気づいた。
 誰にも届けない連絡板。

 それはブラックホールのようなゴミ捨て場のような。

 10時26分。
 夏休みが始まったせいか、山の通りはいつもよりこの時間でさえ車の量が多い。
 松連れて外に出てみようか。さっき雲の中に月が出ていた。
 夏、楽しいぜ。
 
 

2015年7月8日水曜日

まずは復調。


 天気だ、ここの空は特別な色です。
 ぐるり廻りがみどりに囲まれ赤いパラソルが今年も開いている。
 大の大人が昼日中から太陽にあたってアイスコーヒー二つ、止まったリフトのワイア見てる。
 みるみる日に焼けていく男と太陽背に受けた男と山の中腹で働くパワーショベルの男らしい叫び声。
 贅沢なもんだ。
 結局「昔話」と「自慢話」と「説教」をしないように用心が肝要というテレビのはなしでおしまい。
 休憩はこれくらいグダグダじゃないと、楽しかった。

 あと一週間で帯広ホーリーズ、
 7月15日、帯広西16条南35丁目2−10
 OPEN 18:30 START 19:00   0155-66-9399
  もう、大丈夫。

 「シャイニング」から36年「ドクター スリープ」。
 36年経って続編、「IT」、「不眠症」、「ドリームキャッチャー」が蘇る。
 前巻読了。
 最初はこの話は一体どこに行くのだろう?と思ったけど相変わらずのキングでした。

 ウオーレン・ジヴォンへの献辞が泣ける。

 「ウオーレン、いまきみがどこにいようとも、この本はきみにむけた遠吠えだ。会えなくなって寂しいぞ、相棒。」
 
 

 

2015年6月22日月曜日

オートバイ乗りがブォンブォン、グルグル回りながらのぼっていく


 この向こうに大きな樽があって、その中をオートバイ乗りが遠心力頼みでグルグル回っている。樽の直径は10メートルはないかもしれない。
 その樽のてっぺんにお客さんがいて、その樽を覗き込むようになっている。

 オートバイ乗りがブォンブォン、グルグル回りながら上に登ってくる。

 お客さんの中にご祝儀のお札を振る人がいて、それをオートバイ乗りの兄ちゃんはさりげなく見つけ、グルグル回りながらそのお札を片手でヒョイと受け取り、軽く敬礼してグルグルを繰り返す。
 かっこいいよ。
 というのをずっと以前に見た。
 
 今はもう入らない。

 オートバイの爆音だけが幕の向こうから聞こえてくる。

 天気がよく、見世物小屋、お化け屋敷、オートバイの樽乗り、出店、ここの一角だけアスファルトもコンクリートもなく地面が剥き出し。中島公園にこんな一角あったっけ?とふと思った。大勢の人の行き来で土ぼこりがモウモウと舞っている。
 迷子の放送も流れていて、いい加減に引き取りに来ないとどっかに売っちゃうよと言いてる。

 そういえばサーカスはもうついていないんだ。
 サーカスはいまや単体で地方巡業できる。
 子ども頃はサーカスもお祭り興行のオプションについていて、見世物小屋、お化け屋敷、アセチレンガスの臭い、それらでもう別次元感満載だった。

 サーカスには売られてきた子どもが健気に働いてる、ということをまことしやかに学校や、雑誌や、映画や、ラジオなどで語られていた。

 サーカスに対する一種の差別と営業妨害と噂のてんこ盛りと、都市伝説と、なにがしかの真実のごった煮と、勝手な世間のいいがかり。
 
 天気も良かったので想像通りの人出。身動きが取れないところもあるけど、大勢の人は思いの外平気みたいで、人の流れにまるまま任せているのが面白いね。
 そういえばなんだか静かだったなあ。もっと賑やかに音が溢れ、人はもう少し殺気立っていたような気がするんだけど、昔のお祭り風景は。
 日本人てこういう種族になってきてるんだなあ、きっと。つまんない。
 僕はだいぶ年取ってきてるから文句は数多く言うようになってきてる。
 日本人て、なんてこと昔は言わんかったぜ。

 帰り道に改修塗装された豊平館の姿が、すっかりお姫様のドレスみたいな青色になっちゃっていて、いいのか?豊平館、そんなお姫様のドレスみたいな色で。今度機会があったら豊平館の建った時の色を調べてみようっと。文句を言ってるんじゃない。ぜひ中島公園に行ったら見に行ってください。
 名前忘れたけど、長い棒のバニラ味のものを買ってた食べた。カタカナの名前が付いていた。20センチ。



 喉は治っているような停滞してるような、よくわからない状態。
 今週の土曜日は小樽一匹長屋。
 そうしたら、もう、6月も終わり。
 良い天気の日が続いてるのでずっと自転車の日が続いてる。

 ここは藻南公園の坂を登りきり、石山方面と真駒内、支笏湖方面の交差点を左に曲がり、すぐの自転車ロードに入ったところからアパート群が見えるところ。綺麗な景色が続き真駒内公園に続いていく道路。方位的には北かも。この辺りは木々が多いところなのだが虫がいない。変といえば変かも。みんな自然は好きなんだけど虫、込みでというわけじゃないんだ。僕だって虫は嫌いだから、あるがままの自然を何てことは口が裂けても言えない。頭から毛虫が降ってきたらたまらない。本当のことを言えばね。

 O,編集どうなった?まとまったら連絡早くちょうだいね。K,ひさしぶりだった、元気そうで何より。僕は別に会うことを拒んでるわけでも、何かネガティブなものを抱え持ってるわけじゃない。また、機会があったら一晩中話したいよ。J,できるだけやれるように練習してみる。Yさん、確かに平和は大事だけど、それと、平和は絶対的な正義になっちゃうから反対語をいうことは勇気がいることなんじゃないかなあ。僕はやっぱりジョンは間違ってると思う。世の中はもう少し複雑でさあ。言葉が圧力団体になってしまうことはやっぱり良くないと思う。みんなビクビクしながら言葉を発していて、おびえながら意見を言う近況、現状。この言葉だけが例外というのは、そして広い空間をもたせてもらって贅沢に暮らしている。違うと思う。
 Kさん、書いていくと上手くなっていくもんだね。その調子で頑張ってね。僕だって腕や指が思うように脳みその中身を伝えられるわけじゃないもの。M,近所の中華屋で良いかや?M,僕はパンケーキ屋だって一人で入れる、昨日は王様の🍰というのを食べた。




 
 
 
 

2015年6月12日金曜日

君たちは誰だ?俺らか。




ブログ書き終わって公開しようとしたら、一切動かなくなって、そのまま放置していたのが先週。今、もう一度立ち上げたら、なんとなく動きそうなので、また新たに書くことにする。
 パソコンまで調子悪くなるのかと、大昔、天中殺というのが流行ったけど、それを思い出した。こういう時は動かない方がいいんだけど。かといって、何時まで?というはっきりとしたものがあるのでもないらしいから厄介かな?
 この3週間以上の時間、逆にのんびり過ごしたかもしれない。
 出ないものはしょうがないし、自分の力の与り知らぬところでカチカチと時が過ぎるだけ、時間が経てば普通、元に戻るだろう、若しかしたら年齢のせいで幾分遅れるかもしれないけど、全く希望がなくなるわけでもねえべ。みたいなことを思っていた。
 
 喉痛めて4周目。
 JUST FOLK ーあの時代へのノスタルジー「ノスタルジア’70」コンサートにはかろうじて、辛うじて間に合った。
 上の写真は土曜日の渡辺淳一文学館の時に使った第1巻第100章の最初の頃のもので、サークルの窓越しに撮ったもの。誰もしないテニスコートに降りてバンドのプロモーション写真撮ろうということで写してもらった。
 21、2の頃だと思うけど、左側二人はもういない。
 40年も前の若者達。自分だという実感もあんまりないなあ。
 なんとか最後まで歌いきれた。本番前までは最後までたどり着けなかもという不安があったが、それはそれで、その時に考えようと思っていた。
 長いこと歌っていれば、たぶん、本番の最中に思いがけないアクシデント、ハプニング、予測不可能なこと、ついていないこと等々、いろいろあるんだろうって思っていた。
 そんな中での70年代「ノスタルジア’70」とついたタイトルのコンサート。
 思いをかぶせようとすれば、なんでも覆い被せることができるけど、それもちょっと違う、過ぎてきたことって、もう過ぎて、去ってしまっていて、思い出す作業以上のことは何もできないし、ましてそのことに反省しても、威張ってみても、萎縮しても、笑ったって、感傷を持ってみたって、ほんとうのところどれも当たっていないのだね。
 ただ歌があって、その横を思い出がスライドみたいに流れていく。そのスライドがみんなそれぞれに違っていて、今の時間と折り合いつけようとジタバタ音を立てながら通過する。素敵なことだと思うね、瞬間的に過ぎてゆく昔の映像は。
 またしても、たくさんの人の力に乗っかってしまった。
 力を貸してという方は気楽にそのこと言うけど、貸す方は、どうせ貸すのなら有効になるように、自分の思いも含めてか貸してあげたいと思う。尽力というくらいだもんね。
 あんまり、感謝されると僕は恐縮するタイプなので、僕もあんまり感謝を表明しないようにするけど、ジンときたよ。

 今週も今の所静かにしている。
 話すのには何の苦労もなくなった。
 
 上の写真は4丁目にエイトビルがあり、ヤマハがまだここにあった時の、レコード覗いたり、4回のスタジオメイに誰かいないかと探しに行ってた頃のもの。伴とひろっちゃん。今では珍しい楽器やスピーカーが並んでいる。

 Kさん、O君の分も欲しいので明日にでも電話します。F、明日昼頃にスタジオに間に合うようにします、40分くらいだとちょっと時間が足りなかもしれない。インタビューだけで終わるよ。D,録音終わったら見にゆく。ご祝儀持って。Hさん、ナイアガラの資料メールで送る。C,パンケーキ食べに行くね。 Mちゃん、喉のハーブティ想像よりもよく効いたかもしれない。T,「のたり松太郎」渡し損なってまだ車の後ろに積んであるから、今度持って行って。F,とりあえずラジオまた始めることだけ言っておくかな。O君、いくら聞いてもこれから先、死ぬまで聞いても聞ききれない量だぜ。Y君、股関節はそう簡単には柔らかくはならない。

 

2015年5月23日土曜日

人が変われば、声も変わる。


急性喉頭炎、
喉頭だけに起こることは稀で、ほとんどが急性上気道炎(いわゆる風邪)に合併して起こるために、急性鼻炎や急性咽頭炎もともなっています。また、急性気管支炎も併発することがあります。
ということで病院に行ったら上の診断が出て岩内から帰って、1週間沈黙の日々を送っていました。
僕は病気の診断が出るとなぜか、心が落ち着く人で、「そうか、そういうことなのね?じゃ、ジタバタしてもしようがないか。了解。」ということで一件落着。
あとは治るのを待ってれば日々は過ぎていく。
岩内の湯けむりライブのリハーサル、途中から急に声がかれた。
歌ってる途中から声が枯れるというのは初めての経験で、もう何が何だか。
本番が始まる1時間半の間はのど飴舐めたり、水飲んだり、痰を切ったり、逆立ちしたり、布団に入って暖かくしたりとにかく、やたら忙しかった。要するに、足掻き倒したわけです。

いったん忽然と消えた声は帰るべくもなく、空気の成分のやたら多い声だけが残った。
そのときにはもう、声帯がきちんと閉じることなく隙間が出来ていたらしい。
もう、行くしかないというのは初めてかな?たぶん。
集まってくれたお客さんの前で、さっき、突然声がかれてしまいました、井戸が枯れるのとは違うけどおおよそはそういうことなんだけど、多分、その経緯をきちんと説明した記憶がないので、みなさんは何が何だかと思われたことと思う。初めて観に来たという人はもっと驚いたと思う。ギターを持ってバックに人達がいるとはいいながら、真ん中でいきなりヒーヒーいってうたうおとこの存在を。
力一杯、空気を気道に送らないと声が声にならなくなっていて、空気の塊を気道の壁に便宜的にぶつけて、それを喉全体で声にして口から出す、といったら大体合っているかなあ。
変な体験だった、自分が使ったことのないところを使って歌を歌ってる。
来ていただいたお客さんにはどんな言葉でも申し訳なさを伝えることがないほど、迷惑と不快な気持ちにさせてしまったかもしれません。
それでも、みなさん、一緒に歌ってくれたり、手拍子してくれたり、声をかけてくれたりと、とてつもなく気を使ってもらいました。
ライブの冒頭に言ったように忘れようのないライブになりました。
何よりもみなさんの力がなかったら最後までたどり着けなかったライブです。
ある意味なんだか奇跡を見たような気がします。
そして、ありがとうのスタッフの行き届いたお力添えと企画してくれた邦さんに感謝です。
多分、この経験は必要なものなんだったんだろう、と思います。
いろんなものがまだ足りなくて、まだまだ、お前にはひどい目にあってもらって、人生をきっちりと覚えてもらうからというボブ・ディランからの啓示かもしれません。
今、ボブ・ディランを聞きながらこれを書いているのですが、ディランの声や歌い方がなんとなく被ってきます。ディランは高校一年生の時に「Bob Dylan」初めて聞き、あまりにも乱暴なレコードで(当時のポップスを聞きなれた耳にはあまりにも異質だった)、それ以来僕はDylanの入り口を見つけられないまま今日に至るだった。でも、今度はこの歳にな
ると言葉の理解がないと入っていけなくなってしまっているという面倒なところにいることに気づく。
ということで、まだ1週間。
話すことには不自由が無くなった。まだ胸を鳴らす話法だけど。
明日は旭川、アーリータイムスの野澤さんに昨日、無理だと電話入れたら、会いたがってる人がいるからとにかく来ませんか」?
ということでどんな蓋が開くかわからないけど、旭川アーリータイムス行きます。

1964年「Another side of Bob Dylan」のMy Back Pagesまで来た。Byirdsで好きな曲だ。

S君、そんなわけで近況報告ならび馬鹿話は来週に持ち越しになりました。D、子供が生まれたという話はあんまり最近ないからめでたい。Kさん、来週あたり自転車で行きますのでよろしく。B、塩昆布と練り梅干しまではいいけど鰹節まで入れると、もうそれは梅昆布茶とは言わないと思う。K、今度パンケーキ食いに行くよ。Kさん、月曜日のラジオカッよろしくお願いします。F君、水曜日ラジオよろしくね。Y、9月の件了解しました。


2015年5月14日木曜日

流れる雲は食えるか。

こんにちわ。

毎日、忙しく暮らしています。
いろいろ、人は事情を毎日生きてますが、僕はこの頃改めて、楽しく愉快に暮らすことを本当におもうよ、と言うのを長くなりつつある友達と、一杯1000円もするコーヒーを飲みながら聞いていました。楽しく愉快に暮らすと言ってるのは僕じゃないから。僕はもう少しネガティブだから。
うーん、面倒臭い文章を最近平気で書いてるなあ、つまり、悪文だと思いますが気にしないでください。

一杯1000円するコーヒー屋にはおいそれとは人が近づかないので、ゆったりと最近の切羽詰まったそれぞれの人生を語り合いました。切羽詰まったからって何かが著しく変化するかというとそういうこともないので、、人は呑気なものです。

13Fという映画を昼間ボンヤリ観ていました。多分好きなんだろうなあ?
調べたら1999年の映画となっていて、16年まえのもの。
僕の記憶では80年の最初の頃で、SF映画がザバザバ出ていた時期だとずっと思っていた。まだ16年しか経っていない。記憶がそろそろ微妙にねじれてきていて、時間軸がまっすぐになっていない。なんだか脳の中がパラレルワールドになってきている。
もともと、記憶が整理されていなくても痛くもかゆくもない人で、記憶にまつわる話をしない限りはそんなに不都合はないからいいや。
音楽をやるのに何か困るかというと何も困らない。

できるだけ、話の重複はしないように心がけているけれど、それだって記憶に関わることだからことはそう簡単ではないね。で、人は時にして優しいから、その話前にも聞いたとはなかなか言わない。かといって、言って欲しいかといえば、それはそれで迷惑なことかもしれないなあ、よくわからん。

間違いなく、みんな元気に生きているのだけは確かだね。

こんにちは。

こんにちは、「は」かもしれないとお思い直して、挨拶を。
どっちだっけ?

今日はこれから、夕方、練習しに出かける。
声が潰れてしまったので、今週は大体人の話を聞く係りになっている。
岩内の分と、旭川の分と、札幌の分をバラバラにやるから声と腕に負担がかかる。
格段の進歩進展はない、残念ながら。いわゆるのりしろっつう奴か?
あさって岩内の温泉ライブじゃ。それが済むと次はお客さんが話しかけてくる旭川アーリータイムス、で、月が変わって札幌、丸々フォークソングのカバー大会渡辺淳一文学館。


13Fのラストシーンに2024年という表示が出て浜辺に林立するビルが出てくるんだけど2024年みたいだった。25年くらいの先はまだ映画でも想像はつくらしい。

江戸川乱歩を読んでる。
明智小五郎と小林少年が子供の頃嫌いで全く乱歩には近づかなかった。
何が嫌いだったのかよく覚えていないけど、嫌いだという記憶だけが残っているから、人間の世の中面倒臭いものだね。
小林少年だったけ?中村少年?菊池少年?若林少年?
江戸川乱歩は変態だったなあ?と「人間椅子」を読んで思う。なんともいわれぬ今は姿を消した昭和のぬめぬめぬらぬらした湿気感、懐かしいなあ。

もう、4時過ぎた。そろそろ出かけよう。

皆さんも今日1日、残すところ夜の部しかありませんが、どうぞ転倒などしないように、元気でお過ごしください。

写真は、流れる雲が食えるかどうか思案の松茸。

さいなら。