2014年10月23日木曜日

笑ってみよう




深川のメルティングポット、雄一君の所で「友を訪ねて本宮、旭川、深川」のシリーズも終わりました。
皆それぞれに濃く、僕等結構素晴らしい付き合いをしているんだね?と思ったりした旅でした。
なんて楽しい旅だったんだろう。
写真もいつもより沢山撮ったりしたんだけど、見てみると何か淡々としていて、「そうじゃないんだよなあ?おっさんたちのエネルギーが迸(ほとばし)っていない、わしらもっともっと滾(たぎ)ってるぜ。」だな?
和歌山ではライブの合間に激烈な観光に走り回り、和歌山と奈良のディープサウスに突入し、丸石輝正のホームグラウンドでの地肩を見せてもらい、台風のかすり傷を受け、連綿と受け継がれてきた底なしの歴史を淵に腰掛けのんびりと見せてもらう幸せの合わせ技を堪能しきりました。これもひとえに本宮に住んでいるいずみさんのお陰でした。
熊野古道はそう簡単に全体を見渡せる所ではないです。
もしかしたら観光地ではないのかもしれないなあ。
もう少し中に入らないといかんのかもしれない。非常に興味深い所です。

旭川の横ちゃんの所、フォークジャンボリー。
もしかしたらライブハウスではないのかもしれないなあ。
そう簡単に全体を見渡せる場所なんだけど、すごく小さいから、奥はもっと深い。
なんてことはないか?何年経っても変わらないミステリーゾーン。
人が歌と正対せざるをえないところで、やりにくいと思う人はいると思うけど思いがけない所に自分もお客さんもワープ出来る所です。
今日も横ちゃんは律儀に歌を歌ってる姿が見える。

雄一君のメルティングポットは初めてで、前から一度やりたいね?って雄一君に頼んでいた。深川の駅前にあるんだけど、探しにくいっちゃ探しにくいかも。
音楽はいくつになっても咲く花がまだ沢山あると思わせてくれる人だね、実はそんな風に思っている人はそう多くはないんだけど、その気合いが伝わってくるよ。
腕を3回まわして「イェイ!」というライブだった。
まだまだ、いける。

みなさん、つきあってくれて、ありがとう。

次は11月9日、遠軽 ホテルサンシャイン、山木君との本当に久しぶりのジョイント、
それと11月22日、札幌、渡辺淳一文学館でのコンサート The Moonの準備でむちゃくちゃ忙しいです。こんなに忙しくなるはずじゃなかったんだけど。何処で間違った?

それにしても寒い。タイヤも替えなきゃいかん。

日記もこんなにあいたら日記の体をなしていないです、かといって暇が好きかというとどうも、そうじゃないみたいなので、しばらくこんなざっくりとした状態が続くかもしれません。
すまんこってす。

おわり


2014年10月4日土曜日

友を訪ねて本宮、旭川、深川



田舎に帰ってきた。
帰って来た?
変な言葉ダネ。
親の墓参り。
まさか、こうやって手を合わされるとは生前親は夢にも思っていなかっただろうけど、これが諸行無常というもので、面と向かって言わなかったことどもを平気で親に話しかけるものなのだ。
親類も時間が経つのを実感されるように皆一応に年を取っていき、自分の子供の頃知っていた人たちに帰って行くのが不思議と言えば不思議だ。
どのみち記憶などというものは最早、断片的にしか帰ってこないので、それぞれが持ち寄ってもそう多くの話がある訳もなく、ただただ、大地震があったとはいえふるさとの輪郭は大きくは変わっていないところが説明のつかない郷愁をさそう。
札幌に住んで長いけど、ふるさとかと言われればピンと来ない。
もしかしたら、この街はそんな古い郷愁といったセンチメンタルなものは最初から持っていない街なのかもしれない。田舎じゃないからなのかもしれない。
帰るたびに還ってくる懐かしさというのは何なんだろう?
そこに住んでる人は絶対味わえない気持ちなんだね。
下の写真は追分温泉といって、村から更に山に入って行った先にある旅館。
なれないと、それと土地の知識がないとなかなかここまでは辿り着かなかも知れないけど、もし、忽然とした湯治場がいいなあと思ったら行ってみて。
僕はここの休憩所で一度ライブをやる約束になっている。


September Valentine のグランドホテルライブ終了。
泣きそうになるくらい気持ちがよかった。
弦楽四重奏とピアノ、パーカッションをバックに全曲通す。
何も気負うことなくできるようになるには時間がかかるもんです、それと、この街に長いこと住んで色んな人と知り合いになり、それぞれがここまで歩いてきてくれたおかげで出来たことでもある。ふるさとではないといったけれど、この街は僕等の遊び場だった。
街はやろうと思えばおおよそ欲求はかなえてくれる。大きくなればなるほどその欲求も大きくなる。街が巨大化して行くのは僕等は本当は歓迎しなければいけないんぢゃないかと思う。色んなものが壊れるけれど、壊した分だけ新しいものが出来るという意味ではすてきなことなんだろう。街が大きくなるスピードと自分が年を取って行くスピードが思いの外上手くいったような気がする。ラッキー!
上の写真は熊野の本宮に行く道路。
来週、一週間、旅に出る。
田舎の家の裏山にに自分の家の小さな社がある。言う所の守り神で、どういういきさつかは子供の頃に記憶していたことなのでよく知らなかったのだが、先日姉が「裏の社は元々熊野から来たものなのだ。」と言うのを聞いて、そういう風に因縁というのが繋がることがあるんだ、勝手に解釈してあらためて熊野に出かける。
丸石輝正君と2カ所(串本町ヴァレ・ノワール、田辺本宮道の駅 奥熊野古道ほんぐう)、そしてソロ(紀宝町鮒田フォークス)をやる。ライブが終わったら高野山まで連れて行ってくれるという。僕はシティ派から仏教神道派み宗旨替えするかもしれない。
まあ、どっちにしても色んな因縁の整理にしばらくかかるかもしれない。
帰って来たら、深川忠義と旭川フォークジャンボリー、トールと深川メルティングポットの旅が待っている。「友を訪ねて本宮、旭川、深川」とタイトルがついている。
よし。

2014年9月7日日曜日

coyoteとUFO



毎年、石狩でやってる野外イベントRising Sunに、今年は沢山のUFOがあっちこちの写真に写ってるということでちょっと賑わっていたらしい。
噂なので真偽のほどは分からないけど、一応盛り上がる周期に入ってるのかもしれない。
先週、誕生日を迎えて64歳になった。
5廻り目と4年、大体、世の中そんなに不思議なことはおそらく、ないんじゃないかという所に落ち着いてきた。つまんないっちゃつまんないんだけど、大人としての座りはいいのかなあ?という感じ。
世の中、錯覚と妄想と想像力と願望と思い込みと夢と人を恋する気持ちと、邪な心と良心と有頂天と有象無象(うぞうむぞうと読むんだと今知った。うしょうむしょうじゃないんだ。)天気と期待と幻滅と、こうやって書くと、ずいぶん色んなものに挟まれて生きているものだ。もっと簡単に暮らしてると書こうとしたけど、やはり一筋縄では行かないか?
UFOはこの言葉の何処に含まれるんだろう?
僕はこのところUFOは見ない。
沢山見た時期があって、人にも話し、記憶にもはっきりと残っているんだけれど、今はもう、自信がない。気のせいだったか、見間違いか、見たいという願望の膨らんだ欲求のなせるわざか?
記憶に年期が入ってくると、何かをいつの間にか強引な削除か都合のいい上書きしている。
コヨーテは飛行機と鳥とUFOの区別はつかない、星と人工衛星の区別もつかない。
見上げると夜空に光が無数に走るのを毎晩見てる。
多分見たものを記憶しない。
記憶しない分痛みも感じないのかもしれない。
僕は今、何か悩みがあってこんなことを書いている訳じゃない。
まだ人を抱きしめるだけの余力はある。

この「coyoteとUFO」というタイトルは僕にとってものすごく刺激的なもので、飛ぼうと思うと滑走路が沢山あり、それぞれが違う所に飛びたてる。

去年のセプテンバーバレンタインコンサートを終えたあと、弦のカルテットがとても楽しかったのでいつか機会があったら、きちんともう一度やりたいねと話し、そして、それをやるんだったらアレンジも含めて半年は必要だよね。で、やっぱりやりたい時が実行するタイミングということになり、先週までのリハーサルになった。
今年は色んなことがあり過ぎで、ますます、その思い立ったら感が強くなり、進むなら先に。
多分そんなに滅多に遭遇できるライブじゃないと思います。
僕等が住んでる札幌じゃなければ出来ないと思う。
これから僕等がやることはこの先にリンクして行くだろうということでもあり、僕の土地はもっと広がるはずです。
僕はこの先、満艦飾のUFOのあとをフラフラと追いかけて行きます。

上の写真は真駒内公園の入り口、支笏湖、定山渓、澄川、真駒内にむかう交差点の近所から入るサイクリンロードの、藻南公園の坂を上りきり、やれやれ公園に向かう下り坂、一番気持ちのいい道の写真です。左上に桜珈琲の裏側がほんの少し見えます。




2014年8月13日水曜日

8 realismって言ってみ? じゃなく「若者たち」


「若者たち」、1966年で、高校1年か2年の頃。
 暗い、貧乏臭い、いろいろ今では問題の多い、真面目なドラマで毎週見てた。
 フジのBSで36話全放送するというので最初6話まで録画とって観てたんだけど、流石にそのあとが付いて行けなかった。中身がどうのというより体力的に無理だった。
その時代のドラマや映画のスピードには見ているとある程度慣れが出来てきて、そんなに気にならなくなるんだけど、いかんせんこっちが若者たちじゃないという所で簡単に挫折する。まだ放送は続いているので再びダイブしようとすれば可能なのだ。
先々週まで「前略おふくろ様」を観ていた。何のことはない昭和のドラマオンパレード。
歌と一緒だね。戻って行き方が、昔に。
不思議と懐かしいというのはほとんどなく、わしら結構真面目に行きてここまでたどり着いたんだとしみじみ思う。みんな本当によくここまで無事にたどり着いたね。えらいなあ。
で、「若者たち 2014」というのを今フジテレビでやってんだけど、これが思いの外よくなってきてる。最初はオリジナルを踏襲しすぎて、この時代にこれをもって来てもらってもちょっとなあ?感がいっぱいなんだけど、流石役者の物量作戦、で驚かされているうちにそれぞれの若者たちもキャラが立ってきて、みんなうまいし、というか、杉田さんのドラマの経験値が勇者並みで、力技で見せられてしまうといったところ。
BSで昔の「若者たち」をやると言うのを見つけて、番宣に今度の「若者たち」が付いてなかったら多分、観ていなかったと思う。若者じゃない自分が若者たちを観てしみじみと泣かされてる。久しぶりに伴宙太、星飛雄馬状態。「ほしー、俺は今、猛烈に感動しているー!クイクイ。」
 世間では何もこれについてあまり論評している気配がない所をみると、そんなに観られていないということか?別に世間の評判なんかいいんだけど。以前は世間のコンセンサスというのを気にしていたんだけど、ここまで来たら世間なんかいいや。
 あとで、泣いても知らないから。
「若者たち」って、僕等の時代の、ある程度のその人のセクトが分かる性格判断みたいなドラマだった。
観てる人にしか分からない書き方って不親切だし、意地悪なんだけど、面倒くさいからいいや。

 時々、牛乳が飲みたくてしょうがないことがある。
 今がそうで、このまま飲み続けると腹を壊しそうだ。
 なんだかよくわからない衝動なんだけど、そうだね、よくわかる感覚は衝動とは言わないか?

9月14日のセプテンバーバレンタインライブまであとひと月。
上の写真がそのフライヤーです。
今回も相当力が入っています。このところずっと力が入りっぱなしで、本当はもう少し穏やかな気持ちで臨みたいんだけど、踏んだアクセルが戻らない状態です。

松の目やにが酷くなったので(小さいときに始めて動物病院に行った時、「この子はもしかしたらアレルギーを持ってるかもしれません。この目のぐちゅぐちゅと、肉球のぐにょぐにょはちょっと怪しいです。年取ってくると発症するかもしれませんけど、その時はそのときに対処しましょう。」と言われていた。)病院に行ったら結膜炎ですね、といわれちょっと血液検査しましょうか?の次が「好酸球ですね。今はひどくないですが、進むと皮膚炎のようなものを引き起こし、その治療にステロイドを使わないといけないことにもなりますが、今は大丈夫です。先ずは目薬を出すのでしばらくこの結膜炎を治しましょう」と言われ帰って来た。「目薬はなかなか注させてくれませんよ、猫ちゃんは。佐々木さん、ちょっと頑張る必要がありますけど、頑張ってみてください。」
松はスポ太郎二代目、いやがるけど無駄な抵抗はしない。僕に瞼を大きく開けられて目薬を注される。かわいそうな奴だなあ。



「魔女の世界史」海野 弘 「ロマノフ家の12の物語」中野 京子 
「ヒゲのウィスキー誕生す」川又 一英 「修験道入門」田中 利典
「火星のタイム・スリップ」 フィリップ・K・ディック



2014年7月31日木曜日

7 冬列車


暑い日も構わず自転車。
モナミ公園を登って行くと喫茶店がある。
自転車用の飲料水は積んであるので普段は滅多に喫茶店に入らないんだけど、流石に30度近い日は休みたくなる。
窓の向こうには写真の様に林があり、その下には真駒内公園を流れる小さな沢が流れている。
この時間はここの店のオーナーしかいないみたいで、アイスコーヒーを頼んだあとに、タバコを吸うかどうかから話をすることになった。
似たようなタイプで取っ付きにくそうな風貌。
彼は30年生まれで、世代的に近所といえば近所で、70年の東京から話のスタート。

どういう訳か僕等の共通言語は70年。
タモリが「振り返って何が悪い、楽しかったじゃないか。」と言ってたけど、そうだね。
振り返ると何もないというよりもあった方がいいな。
瞬間的に話し相手になれる人というのもそういる訳でもなく、店を出れば僕はまた自転車に乗って真駒内公園に入って行き、オーナーはオーナーでまたテーブルを拭いて次のコーヒーを入れる。
暑い夏。
何がしかのフック。

列車って孤独な物体なんだけど、冬に走ると更に拍車がかかる。
白と黒の景色の中に真っ黒な煙を吐いてがむしゃらに雪原をかき分ける。
むかし昔をいっぱい背負って頭の中を走って行く。
ラジオのディスクジョッキーが湯気を上げてる薬缶の向こうで聞こえる。
蛍光灯の明かりが光の範囲だけを照らし、もらったポスターが壁に貼られ、時々静かな音がシンとなる隙間に汽笛が聞こえてきて、青春てあるよなあとぼんやり思った時間。
思い出してみることなんかないけど、今こうやって書いていると、すきま風は入ってくるけど、まだ心の容量は大きかった。

まだ水だしコーヒーなんかない。
D51の三重連、鉄橋を渡るのをもう一度見たいなあ。

頼まれていた歌、もうすぐ出来るよ。
詩はメールで送ったように結構ずたずたに切っちゃったけど怒らないでね。
サビがまだ最終的に決まらなくて、ちょっと迷っている。
みんな恥ずかしい青春送ってきたんだなあ。

僕は自分の「桜三月 猫の鼻」を作る。



2014年7月22日火曜日

6 JIJO


このところリスが来なくなった。
と書いて何行か書いてみたけど、格別にたいした話になりそうもないのでやめる。
カラスにやられたのかもしれないと思い、濡れ衣被せようと豊平川の柵に巻かれたガムテープをしきりに食おうとしているカラスの写真を載せたけど、そうか、といわれるだけで大して話は弾まないな、こりゃ。

人の携帯にはみんな大変な数の写真が保存されているらしい、1000枚とか2000枚とかいうのを聞いて、よくそんなに撮るものがあるもんだと感心していたら、いつの間にか500枚になろうとしている。

よくそんなに撮ったと自分でも感心する。
見てみると思いの外あっという間に見終わってしまう。
たいした数じゃないんだ、なるほど溜まるはずだ。

一気に消してしまえる機能というのはあるんだろうか?この携帯の写真というのは。
たいていは人の顔と自転車に乗ってる時の景色。

簡単に消せると思っていたけど、いざやってみると思いの外消せないもんだ。

写真がどういうものかわからないけど、消そうとすると結構好きなものがあったりするから。僕個人の目なんだけど、選り好みははっきりあるみたいだ。

で、ざっくりと撮っている気がしていても、なんだか結構面倒臭くこだわってるところもある。本人さえ気がつかないこだわりがあるんだね。

で、こうやってブログなどに堂々と自分の撮った写真を載せているとことを見ると、それなりに何がしかの自慢があるんだろうなあ?困ったものだ。
文章書いているだけでも可成り恥さらしているんだけど、写真で更に盛る。
基本的に慣れというのは少しずつ恥の感覚を麻痺させる。

リスの話からここに来たか。

まあ、何でもいいや。

今日は一日中9月14日のコンサートの練習(まだ個人レッスン)。
差し替え用の曲選び。
カバーを選んでるんだけど、歌いたい曲って結構あるもんだ。
マーク・ノップラーでもやろうかなあ。
弾いててむちゃくちゃ気持ちがいい。聴いててもいい気持ちなんだけど、やってみると別の所が気持ちいい。気がつかなかった。
ナット・キングコールもなあ。We were not too young at all ♪
久しぶりにギターのコピーまでやっちゃって、疲れた。

今回のセプテンバーバレンタイン コンサートは新札幌から街の真ん中に出ることにした。グランドホテルですじゃ。エスアールのページにも載っているし、明日あたりにはここにものせておきますのでご覧下さい。
中身は力の限りです。ただいまアレンジを鋭意創作中。

jijo ニックネームを持ってる人はいつまでも人の記憶に残る確率が高いと思う。
ゴメス、ヨロ、ディッキー、石炭、トンチョ、エンタ、キンチャン、カメ、アポロ、たこ、アボガドロ、おくやま。
僕はJIJOのことをよく知ってる訳じゃない。
他人の彼女をいつまでも憶えているというのはそんなに尋常なことではなく、多分、持っていたニックネームの本人だってその名前を憶えているかどうかさえ分からない。
今どうしてるかな♫、ジャカジャッ、ジャジャッジャ、ドン。

おわり

 




2014年7月14日月曜日

月よりの使者 part 3


スポ太郎が死んで8年経った。
何年経ったかの記憶が曖昧になってくる。
毎年花を送ってくれる人がいて、当時ずいぶん色んな人に気にかけてもらっていたんだと、毎年思う。
この日記の2006年7月14日の所を見ると今、書いた本人が読んでもなんだかつくづく悲しい。
焼いてもらいに行ったとき、スポ太郎、大きくて箱に入りきらなくて、そこのお兄さんが「入らないですねえ、普通はこれに納まるんですけど、ちょっと無理して入れさせてもらいます。よいしょ、よいしょ。」と押し込んでいた。
帰る途中骨壺抱えながら笑った。悲しいんだけど。好きなもの食い放題の猫だった。
今にして思えばよく、2年半、注射打ってたなあと思う。
糖尿病がわかったときに、何も手を施さないという選択肢を選ばなかったことが、かわいそうだったと今にして思う。
低血糖、高血糖で相当体が痛めつけられた。
本当に悪い飼い主だった。


松が来てまる6年。
7歳になったと思って半年前から「7歳以上 シニア 高齢猫用」というのに替えた。
まだじいさんになってもいないのに早々に準備させられて、うちに来る猫は災難に遭う運命。
かつてないおいしさ、優れた栄養バランスと袋には書いてあるんだけど、これが酷い臭いで、松も最初は手で見えない砂をかける行為をしていたから同じ感想だったんだろう。
猫がいる生活20年。
もう立派な猫飼い人だ。

最近かわった本を読んでいる。
最初から使ってる言語が違う本で、日本語なんだけれど意味を拾うのに相当エネルギーがいることが書かれている。人はそれぞれ違う言葉を持ち、違う世界をもち、思いも寄らないことを考えながら暮らしている人の円がある。
読書は習慣だということがこの本を読んでつくづく思う。
自分が作った道に沿ったものを選び、おおよそ同一のものを選って、自分にとって異端なものは知らず知らずに排除している。
結構自分って融通のきかない奴だったんだというのを再発見する。
何読んでるかは書かない。

そろそろ、月より使者から次ぎに行かないと。
ずいぶん前に風水が流行った時があって、世の中、大雑把に言って風水で解決が着くと大げさに言ってた人がいて、へえ、そんなものか、気というものが広くは宇宙、狭くは人体にまで影響する、へえ、すごいね、なんか適当でいいねと感心していた。
今の時代、気を感じて建物も家も道路も街も造らないだろう、昔の風水師が今の街を見たら気が澱んでる所だらけで、それこそ禍々しいものが満ちあふれていると看るだろう。
そこにビルに覆い被さらんばかりの三日月。
月よりの使者というと僕には月光仮面しかいない。
人々を救うのは三日月のマークを覆面の額にはり付けた月光仮面。
複雑なものをそこまでシンプルにするか?あなたは、という月光仮面。
デモテープにはアウトロの最後で微かに月光仮面のテーマが流れていたんだけど、流石に古館君、若いからそれには気がつかなかったのか、スルーだった。
稲村さん作ったもとのコード進行とは大分違うけど、大分どろっとはしたかな?
カネ久のデモを聴いてもらった時は、笑ってた。
CDになる前の録音はパーカッションがこの3倍くらい入っていて、賑やかすぎたので削り落とした。
僕の街の風景は年をとるにつれて、街の中心部から少しずつ外にずれていってる。

写真はもう少しで苗穂のジャスコがある豊平川の川の縁。
僕の外の写真はいつも天気がいい日。
天気の日以外自転車出さないから。