2014年5月20日火曜日

4 僕はあの時の僕に同情する


天気にひっぱり出されて11時半。
元気なブランコがある所は、9条から河原のサイクリングロードに降り、豊平橋、一条橋、東橋、鉄橋くぐり、元町大橋?(このあたりからもう橋の名前はわからない)さらに川を下ってイーオンを通り過ぎ、橋をくぐり、その先にある。
ここには人はあまり来ないだろうと思われる所に両手を広げ、ブランコを持ち上げている。
雲がこんな風に流れて、青空が少し滲んで、誰もいないこんな所で案山子みたいに踏ん張っている。
いい了見だ。
高圧線もかっこいいラインで風景輪切っちゃって。
僕は久しぶりに健康のことを思いながらペダルを漕ぐ。
いくら頑張ったって筋肉がもりもり付いて、肌が陽の照り返しを受けてピカピカすることなんてないんだけど、こいつの姿には励まされた。
合計4枚写真にした。
かなりいい写真だと思う。

「倒れるなら、もう一歩前に進んでからにしよう、every-body!」
世の中、励まされたがっている人がそんなに多いか?というくらい元気であることを標榜する歌があふれているかもしれない。様な気がする。
ペダル漕ぎながら「倒れるなら、もう一歩前に進んでから倒れよう、every-body!」と
唐突に浮かんできた。
その時には、素晴らしいフレーズが出てきた、と思ったんだけど、天気のせいだった。
でも、せめてもう一歩くらいは前に出られそうの気合いは今時の自分たちには必要なのかもしれないね。

本当は若い時の自分に同情なんか出来ないんだけど、若い時の自分は若い時の自分なりに馬鹿満載で生きていて、63歳の自分にまさか同情されるはめになるなんて想像すらしていない。未来の話だから。
こんな天気の日にブランコを両腕で抱えもってふうふういってるこいつによく似ている。
元気があれば同情される筋合いは何処にもない。

もしかしたら、今の僕があの時の僕に同情されているのかもしれない。
「おっさん、やきがまわったね。」って。
でも、よく出来ている詩です。

今日これから、ラジオカロスに行く。
音楽処の石川さんの番組で10時の生です。

6時48分だ。





2014年5月13日火曜日

3 One day


札幌、のや、のライブ。
トール、哲治、西岡君、古館君、安斉、
ギター、ベース、ミュートトランペット、ギター、ピアノ
こういうアルバムなんだ、というのがはっきりとわかるライブでした。
楽器がせっせと道を作り、おいらはただ唄うだけ。
時々、各楽器のパートがひらひらと舞い上がり、唄を後押ししたり、蹴り上げたり、引っ張ったりしてくれました。
一度しか出ない音、ロマンティックに言うとそういうことなんですが、生きてる限りは何でも一度しか、ということです。
新しい組み合わせのメンバーでしたが、ものすごく刺激的な体験をさせてもらいました。
分母の大きい感覚。
いろんな人が音楽をやっています。


旭川の前に山木君と麻雀をしました。
新解釈、超法規的4次元麻雀。
動画を撮って配信したかったです。
僕等にとって最早、世間的な束縛というのはないに等しい。
みんな河なんて誰も見てはいない。
出来ればまた、一年経ってやりたい。
惚けにもますます拍車がかかって、4人という人数も必要ないかもしれません。
so fan

旭川がまた楽しかったです。
僕は江別で喉に風邪を引き、たらふく喉を治療してアーリータイムズ。
年季の入ったライブハウス。
控え室は二階になっていて、出番まで三回梁に額をぶつける。
次ぎに来る時は多分、もっと多くの回数ぶつけるだろう。
いつか額から血を流しながら唄う日が来るような気がする。
いろんな人がMCに答えてくれます。
話かけるんじゃないと言っても、自然に答えてくれます。
旭川はファンキーになりつつあります。
一人で唄っててこんなにさみしくないライブハウスはないかもしれません。
長い友達がたくさんいる街です。
次は秋。から冬です。

母親も父親も子供に対して定番の話があって、僕の場合は、バス停で夜、仕事帰りの母親を待っていた子供だった、でした。
One day
寒い冬の日を歌ってるのに、オケが南国というのがすごくいいですね。 

おわり




2014年4月22日火曜日

旅の始まり

 熊野古道は、一回行ってどうなる所ではなかった。
もともと僕は旅先で、あっちこっち動く方じゃなく、じっと同じ所に居るのが好きなのでほとんど観光にはならない。
それでも、泉さんの計画的な引き回しがなかったら、暖かい和歌山の熊野古道まで来て、一日中七越しの峰でぼんやりしていたような気がする。(下の写真)
熊野本宮大社の社に入り「コヨーテとUFO」の「ヒット祈願」をしてもらい(宮司さんが「こよーーてーーとーー、ゆーーーーほーーーのーー、ひっとーーーーーをねえがあいーーたてまあつ^ーーりいーー」云々を聞いたときに、真面目なタイトルを付ければ良かったなあと、つくずく済みませんと謝っちゃった。)、次の日には例大祭の参加、渡御祭、斎灯大護摩まで一日中祭というのを追いかけさせてもらった。
おかげで顔が真っ黒に日焼けして、帰って来て肝臓が悪いのかと聞かれる始末だった。
各地から熊野本宮に向かって道が向かっている。
古道というだけあって山の中を縦横に走っている。
奈良、三重、大阪、京都から人が参拝するために繋がっている。
一度どこかの道を走破したいと思うけど、あの山道、道を見失ったら日の目を見ることはないだろう。修験者は平気で山に入り込んだんだし、普通の人たちもそこを登ったり降りたり、野たれ死んだり、追いはぎに会ったり、人さらいに攫われたり、山々を観ていると簡単に想像でき、簡単にひるむ。昔の人はこうだったんだろう。簡単に恐れ、簡単に憧憬をもち、簡単に森羅万象を身に入れ籠み、神様、仏様、樹木を信仰したんだろうなあ。
上で一緒に映ってる地元のシンガーソングライターの丸石輝正君は「この土地に居て、まだ一度も古道を歩いたことがないので、近々どこかの道を歩こうと思っています。なにも知らないのも、どうなんだろうと思うので。」と言ってたけど、是非やって欲しい。
石巻の田舎に帰ったようなしみじみと柔かい気持ちになれた。
川の砂州にこんもりと樹木の生い茂っている所が元々あった本宮で、氾濫で流されて右端の真ん中に見える本宮大社に移動したそうだ。
僕が唯一歩いたのがここで、ここから左に山を下りて行き、ぐるっと迂回して左の森の真ん中から見切れている所に出て、道なりに本宮。

道内の旅がスタート。
帯広、ホーリーズ。
久しぶりに帯広。店も場所が変わっていて、前の店よりも少しすっきりして、日の光が似合う店になっていた。
堀越さんは相変わらず不思議なオーラを出していて、僕にはとてもいい波長が伝わってくる。
お客さんがリラックスしているのをこのごろ良く感じる。
こっちの問題なんだろうなあ、この感じがもっと広げられればいいね。
上々のスタートがきれました。

次は、伊達のカンジー。4月27日。

2014年4月11日金曜日

2 she is a music


she is a musicとshe is the music
昨日と今日
君と僕
みんな似てるけど、それぞれきちんと違う
悲しいような幸せなような
人の何が、
何処が、どうしても、嬉しいような、気後れするような
そこを踏み越えると、一つだけ頷くとしたら
そんな野方図に優しくしても、それって駆け引き
風がびゅうびゅう吹く日に洗濯して
その言い方、初めて聞くような
右手と左手はお互いハンディキャップもって動く
声は多分、相当な時間が経っても憶えてられるように、脳の真ん中から少し寄った所で記憶されている
ネコは毎日ニャーニャー鳴く
黙って一日を過ごさない
要求は必ず通るまで意思をがんばる
僕は窓しかない透明な建物から、3階くらいの窓越しに外を見ている
雨は降ってるけれど、別に、それはどうでもいい
五線譜みたいな風が吹いてるけど、通りすがりの人にはさして重要じゃない
主人公は果たして誰なんだろう
恋の歌は

杉田さんのヴァイオリンと賢治君のアレンジが脳みそをギュッと絞ってくれる。いい。

僕は明日から和歌山に行く
もうじきCD出るっちゅうのに
気の向くままというのか?
よくわからないけど、歌も唄うけど、旅
古いふるい山に行く
何に会えるかかわからないけど、会えるといいなあという気持ちで一杯だ

明日香の本が出た。
いろいろ聞きたいことがたくさん出てくる
人は、居なくなると質問が増えるものです
「生きて、ありがとう」 発行者 ゆいぽーと 発売 KTC中央出版

ミュージックショップ「音楽処」の石川さんに4月9日の道新夕刊でCD褒めてもらった
石川さんも長い付き合いになるけど、いつも会うとニコニコと笑ってくれる可愛い人だけれどきちんと話をしたことがない
先日のラジオの河原さんもそうだけど、話をする機会というのはないもので、作りたいです

来週からいよいよライブ月間になる
ライブの所を参照してくだされ
レッツ ゴ

写真はばか松監督






2014年4月6日日曜日


今日と来週、夜9時からHBC、河原さんの「多恵子の今夜もふたり言」にお話しに行ってきました。アルバムの話を中心にこれからあっちこちで話してこようと思っています。
いろいろ話したいことが思いの外あって、自分でもなかなかまとまらない。
河原さんはものすごく丁寧に今回のアルバムを聞いてくださっていて、こっちが恐縮してしまうくらいでした。
まだ、多くのことを教えてくださる方がいるというのは本当にありがたいことで、とてもいい時間を過ごさせていただきました。
僕は相変わらず早口で喋り、今はまた、ゆっくりと話す心がけでマイクの前に向かおうと心新たにしています。
河原さんはラジオレデイでした。

カロスの深澤君2時間まるまる、三角山の大野さん一時間まるまるもありがとうございました。勇気凛々でした。
やっぱりラジオは楽しいね。
これから、ラジオを回ります。

5月4日 札幌 のや 決定しました。
もうひと月ないのに、こんなぎりぎりにライブ決めちゃっていいのか?という若干の疑問があるけど、レコーディングメンバー(安斉、古館、工藤、トール、+?)がこの日辺りじゃないと集まらないということもあって、それと一度ライブの音を聞きたいという無理矢理な個人希望による強引押しです。




2014年4月2日水曜日

円山市場6月、7月



時間はカチカチと音を立てて進んでいく。
白石に15年以上住んでいて、環状線を跨ぐようにサイクリンロードのアーチの向こうに藻岩山が遠くに見えた。
パチンコ屋、イタリアンレストラン、中華料理屋、レンタルビデオ、モスバーガー、通りを渡って今はもうないパル、ケンタッキー、カラオケスナック、もう一度渡って美容院、歯医者、胃腸科病院、コンビニ、青信号についていくとロイヤルホスト、薬屋、フードセンター、古本屋、靴の流通センター、もう少し行くと、きのとや、バスセンター、シーウィンド、ラーメン屋、自転車の駐輪場などなど、ごちゃごちゃ。
今僕は藻岩山を背中に背負う場所。
白石はけたたましい場所だった。
このところ思うのは、僕はけたたましい場所の方が好きみたいだ。

今の場所から円山市場に行くには結構な距離がある。
環状通りを北に向かって行くと寺があり、墓地が有り、六花亭を右に見て、神宮の公園入り口を右に曲がって信号3つ4つやり過ごし、フードセンター左に曲がると一丁も行くと円山市場がある。
今はこじんまりとした市場になってしまったけど、数年前は二階まであったオールドスタイルのにぎやかだったろうと往時を偲ばせる雰囲気が十分残っていた。
市場自体が珍しい場所になってしまった。
札幌ももう、そんなに残っていない、個人の店が立ち行かないこの時代、市場がもつ訳もなく、行く人はひたすら長いこと建っていて欲しいなあという祈りをもって行く、というと大仰なのだが、大体そうかな?
時間は今日もカチカチと音を立てて進んでいく。

古館君のアコースティックギターは時間の流れに抗うかのように攻撃的なリードを弾いていて、最初聞いたときに「ふーん。」と思い、そういうもんかと納得して、その中身を聞かないままテイクにオーケーが出た。でも、この強さが魚の釣り針みたいに食いつくと外れない仕掛けになっている。
で、最後に出てくるチェロが大見得きって、歌舞伎みたいでいいなあ。

みんなそれぞれ違う時を感じて、経過して行く時間と世間を取りまとめてみても同じにはならない。当たり前だけど。
市場に一番似合う時期。
6月、7月。
川を跨いできた雲が街に影を映してゆっくり流れる。
じわじわと神宮の木々がゆれゆれ揺れる。
クラクションがパーンと鳴ってね。
水彩画みたいな青春がひらひらしちゃって。

             2014、4月3日

5月4日、のやで札幌のライブ。いつやるか迷ってもうひと月しかない。

やることが多すぎて自分のキャパシティを超えそうだぜ。

写真は真駒内公園と自転車。



2014年3月20日木曜日

書き割りみたいな町並みと電信柱


「戦中派不戦日記」山田風太郎、「心理学的にありえない」A・ファウアーを買う。キングの新作があまりにも良かったのと、久しぶりにまだまだ長くてもいい、もっとここに居たいと思って長尺もの「ザ・スタンド」を読み返してみたけど、今はバイオハザードの気分じゃないので途中でやめた。それでも他の小説が頭に入って行かないので、気になっていた「安部公房とわたし」にいく。
書くのに苦労するだろうなとつくづく思った。
実際は何も書いていないんだけど、その辺りが面白い。

「数学的にありえない」が良かったので、勢いで買う。
このところちょっと疲れがあるので、予定を一つ飛ばして昼寝をする。「キングコングとゴジラ」をケーブルで録っておいたので、ソファに横になりながら観る。子供の頃、何故か縁がなく、ぼんやりと通り過ぎた映画を63歳になって観る。当然なんだけど昭和の映画でそれも子供向け、いい大人が、みんなが働いてるときに観るには贅沢すぎる。
緩やかに落ちてゆく。
昼寝の醍醐味。
ギャーーオーー、と遠くで咆哮、バンぼこぼこ、キングコングが胸板叩いている。
こんな平和な時間はこのところなかったかもしれない。

久しぶりの昼寝。
最近の話によると、昼寝はどうも、そんなに健康には寄与しないらしい。つぎからつぎか異説がわき上がって来て油断ならない。

アルバムのジャケット裏面が上の絵。(写真があるとこんなに便利なんだなあ)
ペーパーバックの表紙みたいな仕上がりで、めちゃくちゃアメリカン。
書き割りみたいな町並みと、十字架みたいな電信柱に埃は舞ってるのに人の気配がなく、夢みたいなドライな景色。
「コヨーテとUFO」のイメージ、表と裏で対になっている。
僕よりももっと具体的なイメージを彼は持ってる。この歌に。
片山竜二。
アクリル画家。
一番早くあがって来たのが彼の絵だった。
「コヨーテの顔を見てわたしゃ、泣けましたよ。これで行きます。これ以外に何もいりません、ジャケットの表は。」とデザイン担当のはっしーはきっぱりだった。
第一印象は多分、アルバムを手にした皆さんとそんなに違う感想じゃなかったと思う。
不思議な絵だった。
アルバムタイトル自体がエキセントリックだったので、この絵に出会ったときは「イェーイ」と思ったけど、ここまでいって果たしていいのだろうか?の疑問符が結構付いた。

でも、見れば見るほどこの二枚は深みにはまって行く。

なんたって、僕の歌をハンマー投げのハンマーみたいに遠くに飛ばせてくれる。
片山君にはまだ会っていない。
打ち上げがあったら声をかけて欲しいと言われてる、おそらく、僕よりは人見知りしないみたいだ。
アクリル絵の具と筆で描く。らしい。

おわり