2022年12月31日土曜日

みんなを連れて、来年に行きます。Thank you very much!


 野沢さんとのきっかけは南さんがアーリーに連れて入ってくれて付き合いが始まった。

人と出会ったきっかけや瞬間を大抵覚えていない。そしてその後の付き合っていく過程などはさらに想像もつかない。

62歳で人生を全うしたことについては、病気と闘ってる時間が長すぎて僕の年齢にまで到達することはまずないだろうと思っていたし、野沢さん自身も多分ある程度の覚悟はしていただろう。人生を長生きすることに全霊を賭ける人でもないように見えた。ただこればかりはあれだけ一生懸命病と戦った人だからまだまだ生き続けようと思ったのかもしれないし、そこのところについては酒を飲み続け、タバコを離さなかったところを見てもよくわからない。

ライブハウスの経営者としては相当癖の強い、相当タフな、一見すると武闘派のライブハウスプロデューサーとしてずっと記憶に残る人になった。これから先こういう店はそう多くは出てこない。昭和のある時期から石化が始まり少しずつ店に時間が降り積もり始め、この店にしかない空気をまとい、演者と客の連帯感、信頼感が強く醸し出されていった。だからと言って音楽を戦う場だとは微塵も考えていない、本当に平和的に穏やかに、優しくそこに集まった人と共犯幻想を持つことを主義としていた。と書くと野澤さんは「何言ってんですか?僕は単なる好きな音楽の蒐集家だけですから。」とも言わないけどそれに近いことは言っただろう。

1年に2回、旭川でやるようになったのは打ち上げの何かの会話がきっかけで、どうせだったら次のライブのにってを決めましょうかということになり、野澤さんが予定表を持ってきて大体の日にちをリストアップして本決まりの日を決める。これを書いていると打ち上げの案時間が浮かび上がってきてしみじみ悲しい。人は必ずいつか空に昇っていくんだけど、どうせならこんな記憶が残るといいなあ。断片的にしか記憶は起き上がってこないけど、アーリータイムズという店が言葉にのぼるときは野澤尚司とセットになる。野澤さんが最後にセットしたのが12月3日の僕のライブだったというのをタカちゃんと話してた時に、なんか光栄だったなあと思った。僕はその日、もう野澤さんには会えないだろうなと思いながら歌ってた。

野沢さんはとにかくライブが終わった後の弛緩する時間が好きだった。自分の文の酒を持ってきて静かに音楽の話あれやこれや話す。あの時の顔が好きだったよ、穏やかでさ。

やれやれようやく酒が飲めると。がんばったねえ、野澤さん。


今年の文はここで終わりです。

来年は必ずくるというところまで来ました。断定してもいい、後9時間、2023年だ。

超えられなかった人もたくさんいただろうけど、こうやって新年を迎える僕ら。生きていくということはこういうことなんなんだな。

皆さんのおかげで僕は生かされています。くれぐれも気合を見せてください。

ありがとうございました!よいお年を!!!


2022年11月3日木曜日

何かが道をやってくる


10月26日、発症日。

10月28日、発熱外来。陽性認定。

37、1度から38、5度を3日間やり過ごし、その後は熱も通常に戻り、咳もなく、痰もなし、味覚障害も特になく、食欲も普段と変わらず、喉の痛みも浮かび上がることなく、ただ部屋に閉じこもったままひたすら寝ていただけ。めったにこんなに横になることないから何年かぶりに寝たきりの人になってみた。1日一回保健所から(二日に渡って)健康観察の電話が来る。なんか知らんけどやたら明るい人で、どうも完全に爺さんだと思って対応しているみたいで一瞬むかっときたが、どう考えても向こうが正しい。これから先72歳の人は平気で爺さんカテゴリーに入れられ、対応も年齢の入った人くくりで子供と中学生くらいの感じで話しかけられるのだろう。うん、面倒くせえ。

それにしても新薬というのが出ていてウィルスを駆逐するものだそうだ。カプセルを朝夕4錠ずつ5日間、完全に飲みきってくださいの注意の元配布される。一種の老人アドバンテージと考えていいのか?貰っておきながらだけど病院の領収書内訳をみると相当高い。自分が別次元でコロナにかかったとしてもこれは払えないというか払わないだろうという金額が記載されている。大丈夫か?日本。こんなに年寄りを優遇して。はっきりいうけど老人はそこまでされなくてもいいと思う。自分がその中にいるからいうんだけど、誰もかれもが社会の一員だと考えればこれはこれで問題を含んでいるような気がする。

これを誰か保健所関係の人が読んで、今度あいつがかかったらもう何もやらないと決められるのも困るからあまり積極的に文句は垂れないけど、これからますます国に世話になる人が増えていく老人問題なんだけど、究極の始末の付け方から穏やかな老後人生について止まらずに解決策は模索続けていかなければいけないんだろうなあ。コロナにかかって世話になっておきながら感謝知らずの自分を反省しつつも、あまりにも何もしないでただ布団の上でニュートラルになってる自分を戒めています。医療関係の皆様お世話になりました。これから先何かお役に立つことができる機会がありましたら積極的に参加したいと思いますのでどうぞよろしくお願いします。

読んでいただいた通り、無事に抜けられそうです。いつかは必ずかかるだろうと覚悟してきましたが、いざその時になって「陽性です」と言われると遠くで「ガーーンーーー」というのは聞こえるし、さてこじれたらどうしようという不安もありました。日に日にコロナの対策治療は最初の頃から比べると雲泥の差だと思います。たくさんの関係者の方々のおかげでここまできたものだと本当に思います。

皆さんもこれからもその危険が減っているわけではないので、くれぐれも油断なさらずお元気でお過ごしください。

報告方々。

写真は松に「大丈夫か?お前?」と言われている図です。

2022年10月27日木曜日

着々と山が低くなる 9月14日 part2



丸山は赤く色づく木の葉がないので、全体的には炊き込みご飯みたいな色合いになってしまい深く感心することはないけど、それでも一応秋最後の秋らしく醤油色になっていて、それはそれで趣はあるかな。これが枯葉になって落ちきる前あたりに雪がうっすらとつもり、いよいよ本気の冬が始まる。前回のPart2を書こうと思ったらもう11月が目の前に迫っていて一瞬もういいかとも感じた。

先週まで北海道を廻るツアーに出ていて浮かれ騒いでいた。普段の単位が一人とか二人とかなので大勢であっちの街、こっちの街を廻るとつい浮かれる。そういえば昔やっていたツアーというのはこんな感じだったというのをしみじみ思い出し、ついでに俺たちやっぱり若かったんだなあというのもついてくる。それでも函館も室蘭も苫小牧も。小樽も帯広も街は変われどそこにずっとあってたどり着くと同じ街があった。市民会館なんていうのはどこも年季が入ってただ古くなっただけで何も変わっていない。懐かしさだけ。くる人が変わっただけ。みんなも古くなっただけ。それがいいんだ。

その旅が終わってようやく時間ができて改めて9月14日の映像を見る。

なんかすごいことになっていた。ひと月以上が経ち、まだやった実感はあるんだけど、ディスクに残っている僕らのライブは今のこの時間に見た方がよりリアリティがあり、すごいことになっていた。

みんなのパフォーマンスもいいんだけど、弦のアレンジとカルテット4人のプレーが素晴らしい。チームのフォーメーションがどんなハプニングがあってもビクともしない力強いものになっていて、せめて守ってせめて守っての波のような連携が素晴らしい。ほんとバンドみたい。

玉川さんが登場するあたりからライブの波は高くなっていき、tea for two, my funny Valentineのストリングスは素晴らしく、September Valentineで僕の歌もすごいことになっている。完全に弦と玉川君に煽られている。そこから星影のワルツに至る道はもう流行歌の王道をまっしぐら。相当楽しそうに歌ってる。

続いてrocketのユキちゃん登場でまた風景が変わり、今度はアコーディオンと弦の共演。キャラクターの強い楽器でストリングスがどこに行こうが埋もれることなく、波間に浮かぶブイみたいにプカプカ楽器の中を浮かび時々ピカピカ光る。

今回のコンサートでハードルを上げてしまった感があるけど、また考えられることを実現させることに専念するだけかも。また地味な作業が待っているけどそれもまた良し!とお、思わないと。


リズム隊の土田君と大西君。大西君は本当にセンシティブなベースラインで前にせり出してくる音じゃなく、ふと見ると大西君のベースが聞こえてきて、それも正確な音を置いてきてくれるベーシストらしいベーシスト。本当に優しい人というのが後ろから聞こえてくる人だった。土田君は「コヨーテとUFO」からの付き合いで、パーカッショニストってリズムをコントロールするので音の落とし場所がそれぞれ違っていて、それぞれがそこの哲学というか主張が千差別れるミュージシャンなんだろうと思う。そこが融合するのかしないのかというのをいつも考えさせてくれる。

それにしても随分前の話というのも約束してなければ書かないね。お粗末さまでした。

昨日から咳が少し出て、喉がそこはかとなく痛くて、熱はないんだけど元気なんだ。

たぶん元気なんだな、ごほん、

スケーッジュールのところにまだ書ききれてないんだけど、12月3日旭川、アーリータイムズのライブがあります。いつもと同じ18時30分開場、19時00分開演。料金4、000円(1drink別)お問い合わせ先 0166−22−2461(アーリータイムズ)




 

2022年9月22日木曜日

2022年 秋 終わったよ。part 1


 二日間動けなかった。

2022年、と書き込むことにだんだん意味ができて来て、次来る年が2023年。

たくさんの人に今年のライブはすごかった、って言われ謙遜しようかどうしようかと思ったのだが、今年は特に出演した一人一人の演奏、歌唱がすごすぎて僕がへり下る筋合いじゃないと思えたのでありがたくその言葉を受け止めさせていただきました。

ライブでも話したんだけど、僕らには(いづみちゃん、杉田さん、聖子ちゃん、岩田さん、中川さん、トール、それと敬三さん、松、目黒さん、門馬、佐々木ちゃん、それとハッシー、須田さん)10年以上という時間と経験値の元にチームができていた、というのが一番大きな要因なんだろうというの身にしみて感じられた。なんの気負いもなく、ただ淡々と穏やかにコンサートを作って来た。そうはない関係なんだと思う。



終わって二日間動けなかった。

いづみちゃんが書いてたけど、「私はアレンジするけど細かいニュアンスについては譜面にほぼ書いていないんだけど、カルテットクオーク(杉田さん、聖子ちゃん、岩田さん、中川さん)のメンバーがそれをみんなで話し合って肉付けしてくれるのです。こんなクラシックのメンバーはまずいないと思う。」お姉さんたちはおやつを食べながら力強く譜面に書いてある音符をさらに力強く色をつけてくれる。特に今年のリハーサルの初日はすごかった。弦の音が出た瞬間から素晴らしいアンサンブルだった。こういうのを感じられる瞬間が一番楽しく嬉しい。「my funny valentine」と「tea for two」「便りに変えて」「恋抱きしめて」のグルーブ感最高だった。もう一回今すぐにでもやりたいなあ。

終わって二日間動けなかった。
誕生日迎えて一つ年取って、その年齢を迎えて一番最初の舞台が14日のvalentine concert。
一年ごとに体感するものが顕著に変わって行くのか、それともほんの少しの違いとして体感するのかを実感できる日になっていく。
今回は少し予想ついていたので、そんなにえっ?というのはなかった。

玉川健一郎君をゲストにしようというのはいづみちゃんの提案だった。聞くとジャズの人で間口が広くなんでもいけて楽しい人というのが推薦理由であり、その時はまだ何も決まっていなく、さて?どうやってジャズの人と接点持とう?というのが懸案事項で下手すると治りきるポイントが見えず、浮いたらどうしようというのがその頃の不安材料だった。
玉川君は中学生の頃僕の歌をラジオで聞いてた、という世代で基本接点になる部分はあまりなく、まずは好きな歌を確認しようということで喫茶店にでて来てもらって、お互いの好きな歌を披瀝し合うことから始めた。
結果は14日の本編に見事結実した。歌だけで生きている人。ギターも弾かない、曲も作らない、ただひたすら歌だけに対峙する人。ヴォーカリスト。その本質を客は多分そんなに意識も気づいてもいないだろうけど、本来は僕が何人束になってかかっていても敵うはずのなものをがっつりと持っている。本番ではの片鱗を見せてくれたけどどこまでも僕に合わせて寄り添ってくれた。僕が今の年齢じゃなかったら絶対側によらない。
ソロヴォーカリストは鬼だね。

写真はFIXE、須田守政氏によるものです。

パート1 終わり。


2022年8月24日水曜日

7月まで来た、東京 バック イン タウン。Part3


 今日もエンジェルズはぐずぐずと負けて行く。

沼に落ちて行くみたいにズブズブ沈んで行く。素人が見ていても策もなく、気力もなく思想もない野球を続けて行く。中継の解説者も悪口を言いたいのを我慢しているのがわかるような放送を続けて行く。気の毒としか言いようがない。大谷くんも昨日から胃腸炎になってモチベーションも潰れてしまいそうになってる。球団すら売却されそう、はは、野球どころじゃないよなあ。

「白痴」は人の出入りまとまらず、最後まで到達しなかった。20歳の頃の自分は体力も横溢していて難なく読みきっていたと思うと偉いなあとしか言えない。文学という言葉を聞かなくなって久しいので、文学っぽいものってなんだろうと思って大学時代に読みきったドストエフスキーを読み返そうと思ったのが3月頃か。白旗あげたのが7月。往生際が悪ことこの上ない。で、次に何やってるかと思えば、「罪と罰」。ならばもう一冊。と奮い立つ。さすがこれはポップだった。今の所厄介なとこはなく、母さんの息子への手紙、娘の婚約者にあわよくば助けてもらおうというところまで来た。それにしても、学生の頃このドストエフスキー全集というのを完読した。前にも書いたけど感動してむせび泣いたはずなのに、なんだったんだろう。「罪と罰」の次は「嵐が丘」に行く。ヒースクリフに会いたいし。しばらくは世界文学祭を開催する。


7月17日、東京新宿バック イン タウン

東京で暮らしている木谷くんに前回のバック イン タウンが終わってから次の東京ベース持って来て弾いて、と頼んでおいた。流石の東京、7月は痩せても枯れても東京、どこをどう歩いても暑い東京。その東京で何年も暮らしベース弾いて暮らして来た男はもはや札幌の男が持ち得ないひとかどの東京の人になっていたと感じさせるベースプレーヤーでした。僕の呼吸を見ているのではないのかと思えるくらい的確なタイミングで音符を落としてくれる。普段会ってもそんなに深い話してないけど北海道のアバウトさは無くなっていました。あの日の木谷くんのプレィを見られなかった人にもう一度また機会を作れるように頑張ります。10月頃に札幌に行くと言ってるのでとうとうにライブをやってもいいかなと返事はしました。

7月18日、東京バック イン タウン、2日目

ゲストの細坪くんとはもう5年くらい会っていない。打ち合わせはメールで大体済ませていて、細坪くんは細やかなサジェッションをさらにもらいました。細坪君はさらに東京暮らしが長く打ち合わせの進め方が東京スタイルでした。不思議なことなんだけど、打ち合わせさえもその土地柄というものがあるというのを度々感じていて、ある意味東京スタイルは非常にわかりやすく合理的に話が進んで行き、僕は好きです。

久保田君をバックに従えての今回のゲスト出演でしたが、人の舞台のゲストということもあり少しやりずらかったかもしれないけど、そこはあと少しで50年になんなんとする海千山千の強者、安定感は抜群です。歌うたい細坪基佳健在なりと言ったところです。一つだけ謝らなければならないことがあり、それは自分に起こっても結構きついことだったと思えるのだけど。

一緒にやった「September Valentine」なのだが、打ち合わせの段階でKeyをGに決定し、イントロからAメロ までは久保田君のギター1本で出たいのでそこのギターアレンジは久保田君にお願いできるかと言ったところ快諾を得、リハーサルも順調に済み、本番を迎える。さて細坪君を迎え「September Valentine」、僕はカポタストを2フレットに設置する。久保田君はぎょっとしてと思う。KeyがGでカポタストを2にしてFフォームで弾く人はあまりいないので、多分「あっ、Aでスタートするつもりでいる。げっ、どうしよう。あっ、行く気満々。もう知らねーっと。いけ^ーA」多分こんな心状態だったと思われる。さらに災難の人がもう一人。細坪君。「げっ!Key Aじゃねえか。まずい、トップのラの音は喉が裂ける〜ー、喉から血が出るー。オラ知らねー。」、おら知らねーという心の声を聞き取れるはずもなく、私は揚々とAKeyで出帆した。終わってから細坪君が「幸男さん、知っててやったっしょ?ウエェー?えっ?」と言われたけどおいらそんなに人が悪くないような気がする。自信ないけど。それでも細坪君久保田君両名、さすがとしか言いようのないドリフト走行、後輪回しながらの見事なターン。素晴らしかった。ハプニングもものともしない、経験値の披瀝。本当にありがとう、また一緒にやりたい。それこそこれからあと何度僕らは同じステージで歌えるかわからないけど。

細坪君、ありがとう。また会いましょう。

これで6月7月のライブの大まかな報告はおしまいです。たくさんの人に会い、仲間とのセッションも無事とは言えないながらも楽しく終了しました。コロナの馬鹿野郎は改心する気配がなく、僕らは大きく張ることはないけど幾分かの賭けに出ながらの覚悟のもと出演して行きます。はや、8月23日、もう9月がそばで騒ぎ出しました。

2022年8月22日月曜日

真駒内、カモカモギャラリー、旭川COJACK、東京バック イン タウンバック イン タウンへ。part 2


 今日8月22日。天候、晴れ。気温26度。天気としては申し分ない。

今日はこれから昼過ぎにFIXE(フィックス)にて五十嵐、西岡、目黒、ささきで10月の北海道の旅の打ち合わせ。打ち合わせばかりやって来たこの一年、ようやく実感の持てる頃合いになって来た。話が立ち上がったのがもう一昨年だからイベント地うのは結構時間がかかるもんです。その前に9月14日のSeptember Valentaine Concertがあって、その打ち合わせも年が明けてからぼんやりはじめ、今現在元のアレンジもあらかた終わり、いづみちゃんが最後の弦の譜面制作に大わらわで、その間に今回ゲストの玉川さんとの調整でリハーサルを3人でやり、それが終わって来週あたりからロケット姉妹と3人パートのリハーサルを何度かやり、それがすんで月末からストリングスのメンバー込みでの全体リハーサルが始まる。やれやれだ。

もう9月。季節の入り口に自分の大きなコンサートが待ってるのは本当に心強い限りです。
是非おいでください、今回もちょっといつもと違うコンサートになります。
だいぶ疲れて来ている世の中で一息もふた息つけるような場になればいいなあと思います。

7月2日、真駒内カモカモギャラリー。
畑江俊明氏とのコラボ企画。「a light」をテーマに絵と歌のお茶会。
一昨年、大学の後輩でグラフィックデザイナーの畑江氏にCDのジャケットを頼んだのがきっかけでこの7月のイベントまで続いた二人のこだわりでした。昔やったような大学の学祭みたいなノリで展示があって、畑江氏が焼いたクッキーと焙煎したコーヒーを本にが提供してくれて、こっちは隣でコーヒーを入れてる畑江氏に話しかけながら歌を進行して行くという普段やらない手法でやらせてもらった。
何よりも音楽環境のデザインにジョニーの力添えが大きかった。マイクスタンドやマイクを消したいという要求に親身になって協力してもらった。時々ギターまで弾いてもらって感謝感謝の嵐。ナイスセンスでした。
畑江氏はもともとシニカルな人で昔とほとんど変わっていないのが心強く、僕らはどうも世間でまともにぶつかりながら生きていけるタイプじゃないというのがわかったというのが面白く、激しく世の中に憤っている部分もさらにデフォルネして余生を過ごすんだな、分かりやすくいうと日に日に頑固ジジイに育って言ってるということ。これは大変だ。機会があったらまたやりたいな。ブツブツ言いながらデザイナー、ガサゴソしながらソングライター。
畑江氏は次のアルバム「a catもしくはcats」をやりたかったと言っていた。畑江氏も猫飼いの人なり。




7月10日、旭川、COJACK
武田くんはCOJACKのオーナーでその前の店がHI-JACK。その前がブーフーウーで付き合いはその頃からでかなり長い付き合いになる、ここまでくるともう死ぬまでの付き合いと言えるだろう。COJACKは7年になる。春先に「7周年の記念ライブをやりたいと思うんですが来てくれますか?」「うん、問題ないよ。コロナだけだね、問題は。」これ以上のことは何も話していないと思う。後で電話がきて「哲治も連れてきてくれますか?久しぶりに哲治のフレットレスの唸り聞いてみたいなあと思って。それと忠義(深川ー武田くんと深川くんはブーフーウー時代の音楽仲間)にも久しぶりに会いたいので、3人のセットが聴きたいです。」周年記念ということであればこっちに嫌も応もない。本番は哲二のベースは唸り、深川忠義の鼻はピーピーなって(忠義の鼻は気合が入ってくるとこっちにまで聞こえるくらいピーピー音がする。時々マイクに乗るから注意してねと言ってあるんだけど。)賑やかに楽しく終えることが出来た。旭川にはたくさんの知り合いがいて本当にリラックスできるところです。それもみんなとびっきりにいい人ばかりで、できることなら毎月でもやりたいくらいです。
そうそう、横ちゃんの店「フォークジャンボリー」も後3年で30周年を迎えると横ちゃんが言っていたので30周年には何が何でも参加させてくださいとお願いしておきました。スタートのプレーヤーは僕なのだ。
みんな力の限り生きている。頑張ろうぜ。

さて、11時31分。
天気、少し曇ってきた。気温29度。それでも家の中通り過ぎる風は少し冷たさも感じる。
昨日、amazon primeで「アリー」season1 episode-1を見てしまった。30年前にNHKで放送されていてどハマりしたのを忘れていた。止まらん。今episode11「銀の鐘」。次のエピソードでダンシング・ベービーが出るらしい。多分他に見なければいけないものがあるはずなのに。でも、脚本書く人セリフがうまいなあ。
昨日の鎌倉殿の13人、三谷さんもえげつない本書きで、本当に久しぶりに休むことなく最初から引っ張られ続けてる。アリーも鎌倉殿もキャラ立ちが素晴らしいなあ。

細坪くんのとこらまでまだたどり着かないけど、次の回は間違いなく17、18日のつ今日バック イン タウンにまで行き着くことでしょう。この項PART-3まで行きますね。

2022年8月2日火曜日

ロケット at 「くう」〜円山夜想、アーリータイムズ


 トールが前に座ってるお客さん越しにギターを弾いている。どっちかというとギターから距離を置くように弾いている。もう、抱え、抱きしめる時期は終わったと言わんばかりの邪険な姿勢で弾いている。

隣りでユキちゃんがゆらゆら揺れながらアコーディオンを弾いている。アコーディオンはしがみつく楽器で、しがみつかないと重くて下に落ちそうになるし、しがみつかないとどこか遠くに行ってしまいそうになる楽器でもあるんだろう。ユキちゃんはそれで健気に、アコーディオンを励ますように諭すように時にえい、このやろうーという表情も見せながら弾いている。世話のかかる楽器だ。

ロケット姉妹(しまい)は奇をてらった名前だろう。男、女のバンドユニット名としては姉妹じゃないだろうが、記憶にとどめさせることを目的とすればその役割は十分にはたす。阿佐ヶ谷姉妹みたいな、違うな多分。

久しぶりのロケット姉妹のライブat「くう」。もう8月なってしまったこの時期に終わってしまったライブを思い出しながらこれを書くというのあまり意味がないことだけど、上の行まで書いていて、しばらくサボり消すのも勿体無いし、しばらくぶりに書くブログのスタートとしては書きやすいので進める。ロケットはアベレージヒッターで安定したライブをしてくれる。それも普段行かない遠いところに行く夜行列車みたいに、一人ぼっちが快で、その居場所まで肯定してくれるところに連れてってくれる。二人の性格やポリシー、空気がそれを成立させているのだと思う。どこかの時間に挟まった銀河鉄道だ。鉄朗とメーテルみたいだ。きっと違う遠向けど。

さて、この2ヶ月、6月5日、45周年記念の「円山夜想(ノクターン)」からライブがスタートして、18日旭川アーリータイムズ、7月5日真駒内カモカモギャラリー畑江氏とのギャラリーライブ、7月10日旭川CO JACK7周年記念ライブ、7月17日、18日東京バック イン タウンライブとやってきて今夏休み中に至るだな。

円山夜想のライブはロケット姉妹、深川忠義にセットリスト作ってもらい僕はただやってきた45年を振り返り、長い日々の繰り返しを振り返っることに時間を使わせてもらった。終始微笑んでいるという仏さんの境地に達し、ただただ歌うことを楽しませてもらいました。もっと多くの人に見てもらえたらと思いながらもまだまだ行動制限や人数制限などで思うにまかせぬこの状況、それでも目の前にお客さんの顔が見られるというところまで来たというのは喜ばしい限りです。来てくれた皆さんもほぼ仏さんみたいに穏やかな表情でもはや涅槃でした。ロケットとのセットが良かったので9月のseptember valentineコンサートは弦とのセッションです。

僕の多幸感は春前からずっと続いていて一向に収まる気配がありません。病院行こうかなあ。


18日の旭川アーリータイムズのライブはこのところ毛色のかわった緊張感で迎えています。「野沢さん、体調どう?」野沢さん、「うん、そうですねえ、ここにたどり着くまでに息切れちゃって。幸男さんのライブ済んだら病院で調整してもらうから、まあ、なんとかしのいで、頑張りマッス。」みんなどこかかしか調子が思わしくない領域に入っているのでそれぞれ過渡には心配しなくなって来ているけど、大丈夫か。若い時との激烈な変化といえばその体のこと一点だろうなあ。それでもアーリータイムズは頑としてアーリータイムズとしての威厳を保っていて、野沢さんがこしらえて来たライブホールの矜持は光り輝いている。リハーサルの時にPAをやってくれているタカちゃんと話ができる、音楽から世間一般のこといろんなことを話す。本番までゆったりと流れて行くアーリーのタイム感は貴重だよ。僕のライブはこの日10点だった。なんちゃって。

昨日は昨日でKくんステージの途中で調子悪くなったみたいだけど、うーん、みんなもう若くないんだから無理すんなあああ。どこかで自分は他の人とは違う、体力がある、元気だ、まだ若い、気合が違う、と思ってるけどそんなことはない。年齢相応、これに尽きるかも。古今東西不老不死はないし、いくら時代が変わっても100メートルはかろうじて10秒切れるけど9秒切れるまであと200年かかる、寿命だって100までは生きても100歳が平均寿命になんてならないんだから、潔く諦めるのが良いと思わなければただ往生際の悪い人になってしまう。

これは長くなるなあ。まだアーリタイムズにしかいっていない。続くにしよう。