2016年10月17日月曜日
どんな球でも打ちに行こう。
10:07
165キロだろうとバットに当てる人がいる。
スタジアムが大谷の登場にどよめいている。
7対4のスコアー、大谷で締めるつもりなんだ、打たれて逆転されたらもう、明日の試合は日ハムにはない。
と、決めつけちゃいけなんだけど、なんか危険な匂いのする9回大谷のリリーフだったと思った人はどれくらいいたんだろうね?
何が何でもこの3人で試合を決める。3点はセィフティリードじゃないんだけど、この試合で決める。テレビの向こうのドームでは観客が異常なぐらい盛り上がっているのがわかる。漫画みたいに盛り上がっている。栗山監督はもともと漫画的な手法でチームを引っ張ってきた。
それにしてもあそこで大谷かあ。凄いっちゃすごいんだけど、なんか割り切れないものがあるなあとソファーに寝っ転がってコーラ飲みながら思った。
165キロだろうと166キロだろうと、バッターボックスに立ったらバッターはバット振る。171キロでも振ったバットに当たったボールは前か後ろか斜めか地面に飛んでいく。そんな球速のボールに正対してバットを振ろうとしてる人って仕事とはいえ、たいしたもんだ。
人間の限界で投げたボールでも人間が投げると、当たって飛ぶんだって感心していた。
普段はあんな球は投げない、確実に壊れてしまう。普段投げないボールを勝負所で投げてそれでも勝負されたらじとはそれを何が何でも打ちに行く。そしてそれは今の所バットに当たる、ということはヒットにもホームランにもボテボテのゴロにさえなれるということで、完全に抑えきれるということはない。あの場面ではどう転がっても賭けで、勝つ、確率の高いかけかというとよく分からない。三振以外ファールゾーンに飛ばない限り確実にアウトを取れる状況はそんなに圧倒的じゃないような気がする。気がするだけだからね、別に熱狂的な野球ファンじゃないから適当なこと言うけれど。イチローさんは別だけど。
3勝3敗の昨日の状況だったら、誰も異議はなかったと思う。
僕だって木昨日に意義があるわけじゃないけど、165キロにバットを振ってファールができる気持ちのぶつかり合いで益々そう思っただけのことです。
昨日の試合は楽しかった。
土曜日、電車に乗ろうと思い家から歩く。
1キロ半くらいか、いわゆる小春日和というやつで、ダウンジャケットはちょっと暑かった。遠くの方で電車がもたもたと動いているのが見える。電車の停留所はバスや地下鉄の停留所とはちょっとちがう雰囲気がある。日常のスピードそのまま平行移動して乗り込んでくるかあ?電車のもたもた、ゆらゆらの動きにシンクロしているというかスピード感のせいなのか穏やかな優しさがある。電車の沿線があるところで暮らしたいというのはこういうことだったのかもしれない。
4丁目で降りて、ジュンク堂まで歩く。みんな服装に迷いがあって、さてどっちにつこうか、冬か秋か。電車はループに沿ってすすきのに向かう。これだけで4丁目界隈が狭くなっている。こんなに街の中なのに自転車を漕いで人ごみを抜けようとする奴がいる。文句はないけど、邪魔だああ。本当はもう、街の中ってほとんど用がないんだ、デパートの地下食品売り場、マルイの3階、靴や、ジュンク堂くらいか。あとはだいたい近所で足りる。
途中でAくんに電話してお茶を飲もうということになり、迎えに来てもらうことにした。
待ってる間に「白痴 下」「傷だらけのカミーユ」「明るい夜に出かけて」を買う。
円山のこのあいだの喫茶店で来年のライブの構想を話し、協力並びに参加をお願いする。
雪虫はなかなか写真に写らない、あまりに小さすぎて写真にならない。
電車通りに向かって家から坂を下りて行く途中に雪虫の大群に遭遇。やれ嬉しや、これはなんとか西日もあるし映るだろうと思って何枚か撮ってみたが全然捕まえられず、かろうじて2枚に写真の傷みたいに白い点が写っていた。この程度にしか見えないけど大量に飛んでいる。多分力強く羽ばたいているんだけど、本人たちの気持ちとは別にふわふわと漂ってるようにしか見えないのが特徴的な虫たちです。
これが現れると1週間以内に初雪が降るといわれていて、本当にその通りになる有名な虫です。がベースはアブラムシです。
雪虫はそれでも子供の頃に見た気持ちと変わらない、「あっ、冬が来る。街中が冬支度しなければとさわさわして、少し気分がたそがれる、でもなんか優しい諦めの気分になるなあ、」いくつになってみてもこの季節こいつを見るとこの気持ちがやってくる。
さあ、頑張ってまた冬を越そうぜ。
夜は28日の弾き語りのリハーサルです。
雪虫みたいなライブを目指します。さわさわして、少し気分が黄昏て、優しい諦めの気分になるような。いいのかそれで?前回もやったリクエストにも鋭意お答えします。
これからはリハーサルのダブルヘッダーが続きそうです。
11:38
2016年10月14日金曜日
リモコンが動かない。
肴は炙ったイカじゃないほうがいい。
烏賊はどうもいつまでも口の中でごにょごにょいて、しまいに元の生きていた時のイカに戻りそうで気味が悪い。タコもホタテもみんな口の中で生き返りそうで怖い。
「サイレントヒル」というオカルトホラーを朝から観ていたら、八代亜紀の舟歌が聞こえてきた(映画の中じゃなく、頭の中からね)。それでイカにまでたどり着き、あっ、ブログと思、真面目に今机に向かったところところ。11:16。
昨日はディランがノーベル賞獲ったというんでフェイスブックはディランだらけだった。音楽やってる人が多いので、勢い、ディランのことは何か言わなければと考えたのでしょう。僕はディランは、ここでも書いたような気がするんだけど全く通り過ぎないでここまで来てしまった。どこかでディランは詞の教科書みたいになって、70年の頃は日本でもスタイル、思想信条、アジテーションを受け継ごうとする風景がたくさんあった。
ディランは自分が歌ってる限りは全部ボブ・ディランで、曲が姿を現さないという変な歌い手だという感じがあった。人が歌うと曲の全貌がこんなにはっきりと表れるのかというこれはこれで、取り上げる人の力量とセンスが必要な楽しいものに変わる。
ノーベル賞がディランを選んだということで、文学者の一部が文句言ってるらしいけど、何を言ってるんだい、立派な文学じゃないですか、言葉だもん。音楽がノーベル賞いるかっていうと、どっちでもいい、が正しい作法だと思います。ノーベル審査委員会の当て逃げみたいな出来事でした。
毎日、朝はすっかり晴れ渡り、昼頃からどんよりした曇り空になり、夕方から気温が下がりがしばらく続いていますが、昨日からまずは晴れ渡る秋空。
さて、練習に行ってこよう。
昨日は途中退席失礼しました、戻ってから続きを書こうと思ったけど、もう野球始まってい見てしまいました。Fくんは大谷8番指名打者ででて、日ハムが王手をかけると予言を高らかに宣言してたけど、逆転負けでした。競っていったらソフトバンクに1日の長があるので今日で五分にされたらキツイかもしれないです。それにしても札幌ドーム人入らないなあ。ここの住人は何が好きなんだかよくわからなくなることがある。
12:09
2016年10月13日木曜日
途中ですが
火曜日の25:00〜25:30にやってるラジの仕様が変わってるみたいです。
ラジオやラジオを聴くアプリたくさんあるそうですが、ラジコというアプリをインストールするとリアルに夜中1時まで起きてなくても。いつでも聞けるそうです。タイムフリーというものだそうです。いかんせんまた聞きなので実際にはやっていないのですが。
1週間は大丈夫残っていて聞けそうです。これもまた聞きなので。
今、やってみましたが、どうもはっきりしません。
オッケー藤井くんがそういえば先週そんなようなことを言ってましたので、今度会った時にでも詳しく聞いておきます。いつでも聞けるっというのはいいようななんだかなあ?のような。大体夜中の深い時間、多分人は聞いていないだろうなあ(そんなことはないんだけどかっこ)、ということを想定のもとに番組を作っているので、それを昼日中聞かれるというのも幾分変わるかもしれません。
相変わらずメールを読むというのが苦手で、スタジオで頂いたものをきちんと読んで、いざ、本番、読みましょうと思う間もなく30分が過ぎてしまう。僕は一生懸命しゃべっているような気がしないほどゆっくりと進行していこうと思うんだけど、なんだかついマイクがあると焦ってしまう。それも無闇に焦って要領をえないうちに時間が来る。藤井さんはもともとディレクターだから冷静に進めているように見える。時には僕がただ相槌打ってるだけで、「幸男さん」じゃなく「要一さん」になることもある。
とにかく一度聞いてみてください。
楽器を弾いてる人の中で「俺はもう十分にうまい、もうこれ以上は望まないしこれ以上上にはいけない」と思ってる人ってどのくらいいるんだろうか?馬鹿野郎は除いて。
昨日、YouTubeをいろいろ覗いていて、いろんな人の演奏や歌などが載っていて、自由にに次から次に行けて、好きな人には1日見ていても飽きないだろうなあと思った。その下にカウンターが付いていてどれだけの人が見たかもわかるようになっている。チェット・アトキンスとマーク・ノップラーのセッションを見てて簡単そうにいろいろと大変なところをクリアしていく。野球でいうとインコースが好きな人、スライダーが苦手、高めの球は必ず振る、変化球にはだいたいあ対応できる、といろんな人がいんだけどそれぞれ得意分野に相手を引きずり込んで勝負する。なんでもそうなんだけど、
途中ですが、今電話がかかってきて、出てこないかということで、出かけてきます。
11:47
苗穂駅
2016年10月12日水曜日
世の中は健忘症で進んでいく。
実はそんなに簡単なことじゃないんだけども、やいのやいの騒ぐもんだから、ほれ、こんなことになって。
10時にパソコンの前に座ってキーボードを打つというのを日課にしてるんだけど、1週間は続いている。続けるということは大変なような気がするけど、飽きなければ死ぬまでできる。死ぬまでできないのは飽きるからで、どうして飽きるかというと刺激に慣れ、興味が薄れ、他に何か面白いことがあるんじゃないか?こんなことをして一生終わっていいのか?アイデアが底をつき、楽しかったものがそんなに楽しくないと思うようになり、つまり、ごちゃごちゃ言ってるけど、もうそろそろ飽きてきたような気がしてきたけど、今度はどこでやめようかの区切りが思いの外つかない。
お前はまだ1週間しか経っていないのにもうやめようと思っているのか?という声が今聞こえてきたけど、なんでもそう、途中一度もうやめようかなあ?と思う時期が必ずやってくる。マラソンでもそうだ、走り出してすぐに後悔する。ゴールなんかたどり着けるわけない、辞めるなら早々に、後悔や後ろめたさが来る前に潔くやめるんだ、その方が体いい。やめて何が悪い?誰かと約束をしたわけでもないし、固く誓ったわけでもないし。もう、完全なる開き直り期。
それでも続けてる最中はなにがしかの快感はある。1日の始まりがパソコンに向かってきちんと時間の調整ができ、どことなく整理された毎日といったまあ、同右でもいい開放感。本当はこういった姑息な手段で人は毎日生きていってるのだね。埒もないか。
私はまだこれをやめない。きっぱり。
携帯のアプリに万歩計が付いていて、こっそりと個人の1日の歩数や距離や階段を上った階数などを記録している機能が付いている。陰険なやつで最近までその機能があるということに気づかず油断して暮らしていた。こいつは見えないところでずっと人の行動を見張っていた。説明もなしにサービスだと言ってこういったアプリが携帯についているんだけど一度きちんと全部検査したほうがいいかもね。一応これは冗談だから。今時なんでもまともに受け止めてくる人がいるので。
ヘルスケア(このアプリ名)というやつで歩くたびにカチャカチャと歩数を計っている。今日はまだ11歩でほぼ寝たきり状態みたいだ。持ち歩かない限りはサボるやつだからそんなに信用していないんだけど、最近では10月3日80歩、9月12日13歩、9月10日19歩、これらの日はトイレに行き着く前に倒れた計算になってしまい、なにもしていないことにもなっている。このところ財布持たない、携帯持たない、なにも持たない、両手を開けられるように暮らしているのでそのせいでなにもカウントしない日がある。
昨日は7,580歩。距離にすると6キロ。
さすがにトイレにたどり着く目に倒れるのはまずいし、かといって自転車もそろそろ寒風吹きすさぶ中辛いしで、徒歩を採用。
家から円山クラスのもうちょっと向こう側、キャッチボールラジオあたりまで行ってもいようかと思ったら臨時休業でそこから家にUターン。
円山クラスの本屋と1階のスーパー、パン屋、雑貨屋を見るだけで、裏参道に出て、六花亭を見るだけで、左の寺方向、環状通りに出て、前から見知っている喫茶店を横目に見て帰ろうと思ったんだけど、そういえば、この店一度も入ったことがないなあということで戻り、入り口のドアを開ける。外から見たシックな面持ちとは違い、いきなりビート系の音楽。1っ回は誰もいなくて、店の人もいない。少し奥に入るとアコギ、やベース(だったと思うけど確かじゃない。)がひっそりと立てかけられてるけどライブをやってるような雰囲気はない。厨房近くをよく見るとうっすらと人がいた。目があって「いっらっさい」と言われ「上あがっていいかい?」。昔あったロック喫茶みたいなノリの店。いいじゃないですか。階段登ると先客、女の子が二人結構前からいるみたいな空気でドロンと座っている。いいじゃないですか。窓際の席に座る。夜11時までやってると書いてあった。
このあいだの中井君の芝居を見てから思っていたことなんだけど、「やだって言わない。」歌が作りたいなあと。
とかくこの世は文句が多すぎる。文句が意見だと思っている節があるけど、文句はどこまでも文句で、個人にしか返ってこないことなんじゃないかっておもう。
平べったいコーヒーポットとコーヒーカップ、それにオレンジピールみたいなチョコレートケーキが2かけ、一人のおっさん相手ではちょっと荷が重すぎるけど、これはこれでいいかも。斜め向かいにはるみちゃんがやってた桜ムーンがあった。今でもいい店だったと思うね。表彰して古い建物としてなんで残さなかったんだろう?壊して仕舞えばみんな取り返しがつかないのを知ってるにもかかわらず、世の中は勇気と健忘症で進んでいくんだ
下の写真はあと1000歩くらい歩けば散歩終了。
11:48
2016年10月11日火曜日
野菜は何でもいいというわけじゃない、思い知れ。
あーた、それが全部こっちのせいだって言われても、いいですか?もともとはそちらから来た話で、年が越せないって言われても私どもとしてはなんともできません、と誰かがもう少ししたら、2016年の年末にいうことになるかもしれない10月11日の朝10時23分です。
この頃毎年、松茸が家にやってくる。
やってくると言っても何かのお礼とか、良いもの採れましたぜおっさん、といった一応社会習慣に乗っかってやってくるものじゃなく、食べる?食べるんならあげるけど、いらないんだったら次の行く先に自動的にたらい回しするけど的な、あんまり有り難がられないみそっかす系の松茸。
写真の松茸は2年前に和歌山に行った時にIさんの奥さんに松茸ご飯を作って頂いた時の地物で、威風堂々、高級感満載で思わず竹尺まで持ち出して大騒ぎした由緒正しい松茸様です。松茸ご飯に松茸のお吸い物、年にそう何度も食卓に登場するという代物じゃないのでさすがに回りそこらじゅうがどよめきたったのを覚えています。
松茸は香りを食べるものというだけあって、炊き上がってきた時の匂い独特のものがありますなあ。
僕は基本的にキノコは食べない。
北海道も宮城の田舎もキノコがたくさんとれる。クマとの対峙も厭わず、時には山でロストするにもかかわらず半分命がけでいく人もいるというから、人それぞれ、生き様それぞれ、趣味の領域奥深く分け入って行くわけです。
そしてその秘密の場所は大抵自分の身内にも教えないというのをよく聞く。なんかそういう執着心ってすごく好きだなあ。自分が何年も探していたキノコの群生を見つけたときの喜び、そのときの幸せ感、これは私のものだ。金輪際誰にも教えない。一生誰にも教えてなるものかといった危ない菌のようなものがそのキノコの奴らから第一発見者に向かって撒き散らされるのかもしれない。
キノコのその陰険さが嫌いだ。
僕は本当にキノコは食べない。
時々、キノコ王国のなめ茸青唐辛子味噌大袋(大瓶だったのがいつの間にか袋に変わっていた。)を唯一買うくらい、鍋にえのき入れるくらいか。
松茸がやってくると書いたけど、いま手に持ってるわけじゃない。
たまたま写真を見ていて上の松茸が目に入ったので、書き出しただけで、スタートはいい加減なものです。
まさかこんなに、グダグダとキノコについて書き連ねるとは夢にも思わず、1000字近くまで行くとは思わなかった。ははははー。
3連休も雨やぐずぐずの天気で終わった。
浅井君の35周年ライブを新札幌まで観に行った。ブラス3菅まで入った派手な編成を最後にやっていて、音楽はみんな色んな方法で表現したいんだ。フォークギター一本からバンド、さらに足してコーラス、更に乗っけて菅、弦、大コーラス、おびただしい数の楽器、きりがないけど必ず解消できる時があるんだ、自分たちのフラストレーション。
永谷園の松茸のお吸い物って匂いが強くて洗ってもいつもでも松茸の匂いが取れない。あれがなんだか悲しいなあ。永谷園の松茸のお吸い物というネーミングからもう、悲しいのかもしれない。
あと2週間で札幌のライブですじゃ。弾き語りが一番生々しい現場です。
弾き語りは綱渡りと一緒です。
10月28日(金) 開場18:30 開演 19:00
Space Art Studio 札幌市中央区南7条西4丁目
第2北海ビルアバンティ7F
料金 3,500円 1ドリンク付き
曇ってきた。
11:40
2016年10月8日土曜日
10月の草刈り、
そういうことから話し始められても困るんだけど。
というような藪から棒に文章が始まる糸井重里の「満流コピー塾」の書き出しが好きだった。ナンシー関もこの頃同じ週間文春で消しゴム版画ものを書き始めた頃かもしれない。どっちが先かもうはっきりしない。
文章で人をワクワクドキドキさせる人はそう多くない。
まして毎週待ちわびさせるということは相当の技量が必要だね。
何かを待ちわびてドキドキするってことがあるかい?
ベランダの向かいの空き地に草刈り隊が来て朝から爆音を上げている。昨今は刈り取ったその雑草を吸引器みたいな機械で吸い上げるものだからさらに音量が上がる。
この季節に草を刈り取るということの意味をさっきから考えていたんだけど、一つ、その空き地が売れこれから家かマンションか何かを建てる、その2、雑草が伸び放題になったので何か事故が起こらないうちに所有者に責任が及ばないように刈っておく、その3、近所の苦情、夏の頃からずっと見苦しいという所有者にクレームがあったのだけれどこの時期になった、その4、キツネや犬や鹿がウンコするようになって困ってる、マアこんなもんだろうけど10月も10日、中山峠に雪が降って、稚内では街にも雪が舞っているらしいこの時期。
草刈りの季語は夏だろう。
12:10、今静かになった。
どうやら終わって帰って行ったらしい。
何の説明もする気がないらしい。できればこの時期唐突に始まった草刈りの中身を知りたかったなあ。
アカウンタビッテ欲しい。もはや死語。
テレビを見ていたのか雑草狩りを見ていたのか判然としないまま「べっぴんさん」1週間分終わってしまった。菅野美穂があっという間に死んでしまった。もう少し長生きして欲しかった。来週の予告を見たら子供だった主人公がもう子供を産んでいた。忙しいドラマなのかもしれない。見間違ったのか?今の所そんなに前のめりになって観ているわけじゃないからいいんだけど。
人の顔は見慣れるまで割と時間がかかるもので、その見慣れないというのが拒否反応だということを朝ドラ見ていて学習した。年をとると保守的になるというのもそのあたりから来ているのかもしれない。
この草刈りの間にコーヒーを1杯飲んで、よいとまけを二切れ食べて、スムージー1杯飲んで、パソコンを立ち上げこれを書いて。何か一つのことに集中したいなあ。
木の葉も落ち始めてきたので藻岩山登ろうかなあ。
クマも蛇も毛虫たちも静かになってきたみたいなので、何も怯えることなく登れる。
浅井のぶ君、明後日、10月10日(月) 35周年記念コンサート
Beyond'35 Live Concertをサンピアザ劇場でやります。
開場 13:00 開演 14:00 入場料無料
札幌市厚別区厚別中央2条5丁目7−2(地下鉄新札幌駅直結)
浅井君も35年、長いなあ。
このところ真面目にやってるなあ、このブログ。
そろそろ、休もっかなあ。連休だし。
2016年10月7日金曜日
100年たっても面白いものは面白いか。
また芥川賞の季節がやってきた。
気がついたら毎年この時期になると本屋に文芸春秋が平積みされる。
「コンビニ人間」、いいタイトルだ。
コンビニで働いている女の人のまるでコンビニの1日と同期してしまった話で、70年、漫画雑誌ガロが出た頃の怪体な作家が書いていたような話で、ワタシ小説のようなんだけど、さすが2016年、もう少し先を走っていた。変態オタクと暮らすあたりからますます怖くなるんだけど、刺激的になっていく。
こういう物語を書こうと思い付いた村田さんがすごい。
映画やドラマになりそうなんだけど、お願いだからやめてくださいね。
きっとこれは相当むづかしい構成になると思うし、文章を頭の中で動かした方法には絶対に勝てないから。
70年の頭、それこそガロが創刊された頃、ドストエフスキーにどハマりしていた。
全集まで買って並べて喜んでいたけど、今となれば粗筋程度までも覚えていないことに気づいて「白痴 上」を買ってみた。全く覚えていない。どういうことなんだろう?
公爵や将軍、コルセットを付けた女の人が出てくる古い昔のロシアの話。
コンビニ人間と並列で読んでいると100年以上のギャップ。
こっちは十分映画にしてもどんな役者がやってもまあ、そういう話になるだろうし僕らの頭の中で作った映像とそれほど大きな乖離はないだろうなあという大きな盤石さがある。
さすが大作家。
しばらく大作家を読み直してみることにしようかなっ。
読書って中途半端にカッコつけて読んでると何の役にも立たないということをこの歳で思い知った。
「白痴」を読んで感激に打ち震えた記憶があるんだけど、今の所まだその場面に出会っていない。もう少し先に行くと打ち震えるんだろうか?とても感動したということを日記に書いた記憶がある。
もし打ち震えなかったら、昔の僕に会いたいなあ?
お前は何に感激したんだって。
札幌はいよいよ10度を切るようになってきて、また一人、また一人、ストーブにおそるおそる火を入れる。
北の人はストーブを焚くことにけじめみたいな心意気で臨んでいる。
暖かいところに住んでいる人には決してわからない、何つうかこだわり。
なんか負けたと言った悲しみとも挫折感とも違う悔しい思いでストーブに火を入れる。
悲しい性です。
自分のストーブなのに世間体を気にする。誰も後ろ指すら差さないのに負けた、季節に負けた、寒さに負けた、もっと頑張ればよかったのに、自分の弱させいで火をつけてしまったと言った慚愧の念。
というほどのことでもなけどすすり泣きが聞こえる季節です。
東京が12月22日に決まりました。
紋別が12月17日に決まりました。
今年は12月札幌忘年会ライブやります。
登録:
投稿 (Atom)
