2016年10月11日火曜日

野菜は何でもいいというわけじゃない、思い知れ。


あーた、それが全部こっちのせいだって言われても、いいですか?もともとはそちらから来た話で、年が越せないって言われても私どもとしてはなんともできません、と誰かがもう少ししたら、2016年の年末にいうことになるかもしれない10月11日の朝10時23分です。

この頃毎年、松茸が家にやってくる。
やってくると言っても何かのお礼とか、良いもの採れましたぜおっさん、といった一応社会習慣に乗っかってやってくるものじゃなく、食べる?食べるんならあげるけど、いらないんだったら次の行く先に自動的にたらい回しするけど的な、あんまり有り難がられないみそっかす系の松茸。
 
写真の松茸は2年前に和歌山に行った時にIさんの奥さんに松茸ご飯を作って頂いた時の地物で、威風堂々、高級感満載で思わず竹尺まで持ち出して大騒ぎした由緒正しい松茸様です。松茸ご飯に松茸のお吸い物、年にそう何度も食卓に登場するという代物じゃないのでさすがに回りそこらじゅうがどよめきたったのを覚えています。
 松茸は香りを食べるものというだけあって、炊き上がってきた時の匂い独特のものがありますなあ。

僕は基本的にキノコは食べない。
北海道も宮城の田舎もキノコがたくさんとれる。クマとの対峙も厭わず、時には山でロストするにもかかわらず半分命がけでいく人もいるというから、人それぞれ、生き様それぞれ、趣味の領域奥深く分け入って行くわけです。
 そしてその秘密の場所は大抵自分の身内にも教えないというのをよく聞く。なんかそういう執着心ってすごく好きだなあ。自分が何年も探していたキノコの群生を見つけたときの喜び、そのときの幸せ感、これは私のものだ。金輪際誰にも教えない。一生誰にも教えてなるものかといった危ない菌のようなものがそのキノコの奴らから第一発見者に向かって撒き散らされるのかもしれない。
キノコのその陰険さが嫌いだ。

僕は本当にキノコは食べない。
時々、キノコ王国のなめ茸青唐辛子味噌大袋(大瓶だったのがいつの間にか袋に変わっていた。)を唯一買うくらい、鍋にえのき入れるくらいか。

松茸がやってくると書いたけど、いま手に持ってるわけじゃない。
たまたま写真を見ていて上の松茸が目に入ったので、書き出しただけで、スタートはいい加減なものです。
まさかこんなに、グダグダとキノコについて書き連ねるとは夢にも思わず、1000字近くまで行くとは思わなかった。ははははー。

3連休も雨やぐずぐずの天気で終わった。
浅井君の35周年ライブを新札幌まで観に行った。ブラス3菅まで入った派手な編成を最後にやっていて、音楽はみんな色んな方法で表現したいんだ。フォークギター一本からバンド、さらに足してコーラス、更に乗っけて菅、弦、大コーラス、おびただしい数の楽器、きりがないけど必ず解消できる時があるんだ、自分たちのフラストレーション。

永谷園の松茸のお吸い物って匂いが強くて洗ってもいつもでも松茸の匂いが取れない。あれがなんだか悲しいなあ。永谷園の松茸のお吸い物というネーミングからもう、悲しいのかもしれない。

あと2週間で札幌のライブですじゃ。弾き語りが一番生々しい現場です。
弾き語りは綱渡りと一緒です。
10月28日(金) 開場18:30 開演 19:00 
          Space Art Studio  札幌市中央区南7条西4丁目
                  第2北海ビルアバンティ7F
          料金 3,500円 1ドリンク付き



曇ってきた。
11:40 

 

2016年10月8日土曜日

10月の草刈り、



そういうことから話し始められても困るんだけど。

というような藪から棒に文章が始まる糸井重里の「満流コピー塾」の書き出しが好きだった。ナンシー関もこの頃同じ週間文春で消しゴム版画ものを書き始めた頃かもしれない。どっちが先かもうはっきりしない。

文章で人をワクワクドキドキさせる人はそう多くない。
まして毎週待ちわびさせるということは相当の技量が必要だね。

何かを待ちわびてドキドキするってことがあるかい?

ベランダの向かいの空き地に草刈り隊が来て朝から爆音を上げている。昨今は刈り取ったその雑草を吸引器みたいな機械で吸い上げるものだからさらに音量が上がる。

この季節に草を刈り取るということの意味をさっきから考えていたんだけど、一つ、その空き地が売れこれから家かマンションか何かを建てる、その2、雑草が伸び放題になったので何か事故が起こらないうちに所有者に責任が及ばないように刈っておく、その3、近所の苦情、夏の頃からずっと見苦しいという所有者にクレームがあったのだけれどこの時期になった、その4、キツネや犬や鹿がウンコするようになって困ってる、マアこんなもんだろうけど10月も10日、中山峠に雪が降って、稚内では街にも雪が舞っているらしいこの時期。
 草刈りの季語は夏だろう。

 12:10、今静かになった。
 どうやら終わって帰って行ったらしい。
 何の説明もする気がないらしい。できればこの時期唐突に始まった草刈りの中身を知りたかったなあ。
 アカウンタビッテ欲しい。もはや死語。

 テレビを見ていたのか雑草狩りを見ていたのか判然としないまま「べっぴんさん」1週間分終わってしまった。菅野美穂があっという間に死んでしまった。もう少し長生きして欲しかった。来週の予告を見たら子供だった主人公がもう子供を産んでいた。忙しいドラマなのかもしれない。見間違ったのか?今の所そんなに前のめりになって観ているわけじゃないからいいんだけど。
 人の顔は見慣れるまで割と時間がかかるもので、その見慣れないというのが拒否反応だということを朝ドラ見ていて学習した。年をとると保守的になるというのもそのあたりから来ているのかもしれない。

この草刈りの間にコーヒーを1杯飲んで、よいとまけを二切れ食べて、スムージー1杯飲んで、パソコンを立ち上げこれを書いて。何か一つのことに集中したいなあ。

木の葉も落ち始めてきたので藻岩山登ろうかなあ。
クマも蛇も毛虫たちも静かになってきたみたいなので、何も怯えることなく登れる。

浅井のぶ君、明後日、10月10日(月) 35周年記念コンサート
          Beyond'35 Live Concertをサンピアザ劇場でやります。 
          開場 13:00  開演  14:00 入場料無料
            札幌市厚別区厚別中央2条5丁目7−2(地下鉄新札幌駅直結)
浅井君も35年、長いなあ。

 
このところ真面目にやってるなあ、このブログ。

                                           

そろそろ、休もっかなあ。連休だし。





 


2016年10月7日金曜日

100年たっても面白いものは面白いか。




また芥川賞の季節がやってきた。
気がついたら毎年この時期になると本屋に文芸春秋が平積みされる。

「コンビニ人間」、いいタイトルだ。
コンビニで働いている女の人のまるでコンビニの1日と同期してしまった話で、70年、漫画雑誌ガロが出た頃の怪体な作家が書いていたような話で、ワタシ小説のようなんだけど、さすが2016年、もう少し先を走っていた。変態オタクと暮らすあたりからますます怖くなるんだけど、刺激的になっていく。
 こういう物語を書こうと思い付いた村田さんがすごい。
 映画やドラマになりそうなんだけど、お願いだからやめてくださいね。 
 きっとこれは相当むづかしい構成になると思うし、文章を頭の中で動かした方法には絶対に勝てないから。

70年の頭、それこそガロが創刊された頃、ドストエフスキーにどハマりしていた。
全集まで買って並べて喜んでいたけど、今となれば粗筋程度までも覚えていないことに気づいて「白痴 上」を買ってみた。全く覚えていない。どういうことなんだろう?
公爵や将軍、コルセットを付けた女の人が出てくる古い昔のロシアの話。
コンビニ人間と並列で読んでいると100年以上のギャップ。
こっちは十分映画にしてもどんな役者がやってもまあ、そういう話になるだろうし僕らの頭の中で作った映像とそれほど大きな乖離はないだろうなあという大きな盤石さがある。

 さすが大作家。

 しばらく大作家を読み直してみることにしようかなっ。
読書って中途半端にカッコつけて読んでると何の役にも立たないということをこの歳で思い知った。
 「白痴」を読んで感激に打ち震えた記憶があるんだけど、今の所まだその場面に出会っていない。もう少し先に行くと打ち震えるんだろうか?とても感動したということを日記に書いた記憶がある。

もし打ち震えなかったら、昔の僕に会いたいなあ?
お前は何に感激したんだって。
 
 札幌はいよいよ10度を切るようになってきて、また一人、また一人、ストーブにおそるおそる火を入れる。
 北の人はストーブを焚くことにけじめみたいな心意気で臨んでいる。
 暖かいところに住んでいる人には決してわからない、何つうかこだわり。
 なんか負けたと言った悲しみとも挫折感とも違う悔しい思いでストーブに火を入れる。
 
 悲しい性です。
 
 自分のストーブなのに世間体を気にする。誰も後ろ指すら差さないのに負けた、季節に負けた、寒さに負けた、もっと頑張ればよかったのに、自分の弱させいで火をつけてしまったと言った慚愧の念。
 というほどのことでもなけどすすり泣きが聞こえる季節です。

東京が12月22日に決まりました。
紋別が12月17日に決まりました。
今年は12月札幌忘年会ライブやります。



2016年10月5日水曜日

今日で3日目


ずいぶん前に時計台で朗読がらみのコンサートやったことがある。
近々では去年、渡辺淳一文学館でやったものとほぼ同じもので、エッセーのようなイメージのぶちまけ文章みたいなものを自分の歌のイントロ代わりに使うというもの。
 まあ、自己満足と言われれば自己満足の極みみたいなものだったけど、本人はは相当気に入っていた。その頃は音楽と芝居をなんとか合体できないだろうか?と思っていて台本なども書いていた。
 今でもまだそれを続けたい気はあるけれど、あとはみなさんが気にいるかどうか?

 その時計台のコンサートの時に朗読の手伝いをしてくれた中井くんが今回、歌謡劇「森の王子様」という芝居をやるので観に来てくれとメールがあった。
 中井くん曰く、あの時の時計台のライブの形式形態がずっと頭にあって、自分なりに舞台に変換してみました。
 中井くんは芝居をずっとやっている人で、久しぶりに台本を書き、演技してのことなのだそうです。
 舞台で歌う人も必要だろうにと思っていたら、久しぶりのあの佐木くん、ああ、なんか楽しそうと思い、琴似のコンカリーニョに向かった。
 舞台監督はそれこそバーサスの舞台を作ってくれた渡部君、「本当に久しぶりなんですけどfacebookで見かけているのでそんなに久しぶり感がないですね。いい時代なんだか悪いんだか、わかんないです。」と会った時に言ってた。

 舞台は転換のない一幕で、基本的にはあの小さな星バオバブの木とバラの花のある小惑星からやってきた王子、星の王子様の話がベースで、王子がいるのは砂漠じゃなく森の中、中井君はオリジナルの星の王子様で、澤井さんが大人になってからの王子様で未来と過去の自分が出会うというゲシュタルト崩壊する話かと思っていたらそういんじゃなく、穏やかに絆を語る話だった。始まって少しの間ちょっと言葉、台詞が多いなあと思ったけれど、芝居ってあんまり観たことないから、この感想が当たってるかどうか自信はない。
 佐木君は森の風という役で狂言回し的存在。キッカケはかってギター弾いたり、時には挿入歌の役割を果たし、時々芝居をしたりと同業者から見ても大変なことやってるなあと感心しました。中井君も言ってたけど宮沢賢治あり、村上春樹あり、サン=テグジュペリありで時には坩堝、が面白い。

 それと、ポイントで匂いつき。匂いというより香りか。
 上手に漂わせてくれる。それも記憶がよみがえるスピードに似せてあって上手いものです。

 一番感心したのは、台詞の中に「違う!」、という非定型が一切ないところかな。
 中井くんに聞きたかったところ、あえて否定形を使わなかったのは意識してなのかかなあ?
 楽しかったです。

 今日もう1日やってます。琴似コンカリーニョ、JRの駅降りてすぐです。
 開場19時30分、開演20時、料金4,000円



 今日はこれから、ラジオの録音です。
 久しぶりに録って出しに近いです。この番組は1週で2本取りなので思いの外タイムラグができてしまいます、たかが1週、2週といえど時代は相当な速さで進んでるのでできれば生がいいんだけど。言った言葉に取り返しがつかないという状況の方が圧倒的にスリルと緊張感があります。まあ、危ないっちゃ危ないんだけど。
 今日はゲストに山木さんが来ます。今回はライブなしの来道で11月の18日ふきのとうホールでのコンサートの告知その他もろもろだそうです。

 昨日は昨日で久しぶりに鈴木さんと電話で話をしました。
 俺は丸くなったべ?というので「そうだな。」と答える。
 

2016年10月4日火曜日

兎追わないけど、小鮒は釣った、故郷


 普段は水がないところなのにちゃんと川になっていて、今年の水の多さ地元の人もちょっと驚いている。
 小学校1年の冬に札幌に引っ越して行ったので覚えてることはもうそんなになく、時々地元の人に「俺のこと覚えてるすかやぁ?」と聞かれると辛い。特に人の顔は40年50年経つとだいたい原型をとどめていないし、子供からいいおっさん、さらに爺さんに変貌すると質問自体に無理があるんだけど、地元の人は容赦しないなあ。兄貴、姉貴の代になるとそれでもいくらか面影が残るので判別可能になるんだけど。

 左側に自分の家があって、近所に親戚がたくさん集まっている。
 右側の道路は古くから雑貨屋をやってる勝治屋商店に続いていて、さらに川沿いの道を15分くらい上って山道に入っていくと追分温泉につながり、さらに山を抜けると柳津につながって右に行くと気仙沼、左に行くと国道45号線、もくもくランド、柳津虚空蔵尊がある。
 山の稜線だけが変わらない。道も震災後あっちこち沢山出来て、家はある時期からガラッと変わり、アスファルトが敷かれ、木が消えたり街灯がつき、自販機が光り、車のライトが夜空を回して、ほぼ歌通り。
 「NO no no」は変な歌なんだけど、田舎のファンタジーです。
 一途な月に入っているので再確認してください、もし持っていたら。
 雨上がりの7月の夜、カエルが鳴き始める頃に、玄関のガラス戸にびっしりと張り付く小さなアマガエルの団体、こいつらこんなに可愛いんだって感動する。
 村で初めての美容室の小さなネオン、トイレに起きた時に空気入れ替えの窓から不気味に光ってるんだけどなんだかしみじみ感動する。
 何年たっても微動だにしない天の川(動いているんだけど、それでも泰然としている)。時々山鳩やフクロウが裏山で鳴く。
 金があったら平屋でも建てて余生送ってみたいな、などと思うけど。

 被災地はいろんな人が言うようにあまり変わっていない。
 土木工事があっちこちでまだまだ進行中、工事は普通始まれば終わるんだけど、その終わるという熱意が見えないままダンプカーが道を往来している。僕らはどこまでいってもそこに住んでる人じゃないのので、無闇なことは言えないし、言える筋合いのものじゃない。
 いろんな話を聞いたけど、文字にすると都市伝説みたいな話になってしまうので書かない。



9月14日のValentine concert 無事に終了しました。
 
最終リハーサルが終わり狸小路3丁目あたりの喫茶店でケーゾーさんとお茶を飲んでた時、
「あのよう、出(で=コンサートなどでの出る時のキッッかけ)なんだけどさあ、お前、客席から出てこない?」
 「いやだ。ハンドマイクで歌いながらということでしょ?」 
 「そう、歌謡ショーみたいに。お客さんに愛想振りまいて。」
 「できると思う?」 
 「思わないけど、面白いベェ。なんたって、昔、市民会館で踊ったべや。」
「One on One」が出た頃、市民会館で一度だけ大きな人形相手にワルツを踊ったことがあった。その時も焚きつけたのがケーゾーさんだった。
 全国ツアーの時も灯り屋さんでついていたのがケーゾーさんだった。
やったことないことは基本的には一度やってみるというのがこの頃の自分のモットー。

 やればできるけど、もう一度どうかと聞かれたら・・・うん、やるかもしれない。

弦のお姉様たち、今回もますます強力にグレードアップしてサポートしてもらいました、杉田知子さん、佐々木た聖子さん、岩田貴子さん、中川恵美さん、3年目の盤石感は前で歌っていてひしひしとありがたみを感じさせてもらいました。
木管のお姉さまたち、上野愛美さん、菅原由香さん、清水彩会さん、初顔合わせでしたがいい音を出してもらい、無理を言ってしまい本当にありがとう。機会があったらまた一緒に遊んでください。

 人が大勢になって音楽を作っていく。基本は僕一人から、二人になり、三人になり、バンドになり、ストリングス、木管になり、ゆくゆくはどこに行くのか知らないけど、頭のんかをもう少し解放しておく時間を長く見ておこうかな。
 アレンジにはいつものように言いたい放題、あとは出来上がってきたものにまた言いたい放題、その大きな心に(ん?)多大なる感謝、廣瀬いづみちゃん。
 何がどうなろうとも動じないロケット姉妹の扇柳トール、長い付き合いなわけだ。

 そして、今年もこんな気持ちのいいコンサートを作ってくださった皆さんに大感謝です。いつも言ってますが、皆さんの出資がなければ僕らはコンサートを運営していくことはできません。
 目黒さんに変わって厚く御礼申し上げます。
 おい、目黒さん、一度くらいはここに出てきて皆さんに普段の不調法を詫びて、厚いお礼を言いなさい。
 

2016年10月3日月曜日

金木犀が電波塔からの電波みたいに


別にフェリーじゃなくてもいいんだけど、つい、車を載せてしまう。

夜7時に苫小牧を出て、だいたい14、5時間かけて多賀城まで、退屈といえばこんなに退屈な旅はない。なんか旅にかける時間がすごく中途半端で、7時過ぎに船でご飯食べて、ぼんやりしてまだ10時、寝ようと思ってもそんな時間に寝られるわけもないので本を読む、それも中途半端な光量のライトの下集中できない。あとはゆらゆらしているだけ。
 台風も過ぎ去っていて穏やかに船は進んでいく。
 テレビに夜空が写っている。
 天気がいいので星空が写ってる。
 それもなんだかぼんやり写っていて、これを写している意味がよくわからない。
 基本的にはフェリー嫌いなのかもしれないなあ。

 楽しいのは車をフェリーの中に入れる時だけかなけかな。
 鋼鉄の中に納まりに行く感覚、工場みたいな大きな音がして、ブザー鳴ったり、あっち行けこっち行けと誘導されて前の車の後をついて行く時、ようく考えたらこれはかなり好きだ。

 フェリーで寝てる時必ず思うことは、このベッドの下に海があり、その海の上を体を伸ばしたまま疾走している、波の勢いに合わせて体がうねり、大きな波に当たると体もきしむ、一種の快感だね。

 時間は早い。
 親の7回忌。
 墓に彫られた親の名前を見てもそれほど感情や感覚のきしみがなくなった。
 親の死んだ年よりはまだ相応若い、慰めにもならないけど、それでも不思議と親の逝った年齢というのは何かの基準になっている。
 もう家はないけど、敷地だけは残っている。母親が好きだった木や草花が雑草と一緒に共生している。もう少ししたら家があった場所もわからなくなるように、自然が昔あった記憶に覆いかぶさってしまうのだろう。親戚が新たに植えてくれた金木犀が電波塔からの電波みたいにホワンホワンと香っていた。もう10月だ。

 親戚は皆大きな声で話をする、ものすごい量のギャグが埋蔵されている。何か情報を伝えようという言葉じゃない。バイリンガルじゃないとちょっとわからないだろうなあというのが難点。まあ、何というか話すことのプロだね。

 上の写真は自分の家の近所の写真じゃなく、雄勝の名振に行く途中の港。
 工事のトラックが多く、土砂を運ぶので道が土まみれ。



 追分温泉でラジオの録音を録ってもらう。
 渋谷さんという地元のシンガーソングライターが石巻でコミュニティー放送の番組をやっているというので、温泉までマイクと機材を持ってきてもらって番組にゲスト出演をさせてもらった。歓迎してもらっちゃった。

 あと3週間で札幌の弾き語りライブpart2がやってくる。
 いい感じなのでおいでください。

 September Valentine Concertについてのことも書かなけりゃと思いながら、次回。
  


 

2016年9月5日月曜日

and ,and September


 藻岩山、ロープウェーの入り口の道路で右折してパトカーにきっちりと捕まってもう一年。
 「前の車止まってください、左側に寄って停車して下さい。」、うるさいっつうの。
 何が悔しいって家の近所で、その道曲っちゃいけないということを知らなかったことが悔しいし、そこで待ってるパトカーも良くない。もっと前向きに働いて欲しい。それは、いわゆる不労所得というもので棚から牡丹餅みたいなこと、世間が許さないんだけど、国家権力だから敵わない。
 誕生日になる前に運転免許証の更。。違反講習とタイトルついていてなんだかしみじみと悪人になったような気がする。
 この日は総勢40人くらいの悪漢の人たちと揃って2時間講習。
 講習のおじさんは時々冗談を混ぜて話を進めるんだけど、それぞれ皆一様にそこはかとないわだかまりがあるので反応しない。多分。
 講習終わって免許証をその場でくれます。このところ自分の顔写真も見なくなりました。気に入らないからといって変えてくれるわけでもないし。
 
 リハーサルは佳境に入った。
 前回の弦カルテットにさらに木管の参入、これがなかなかなもので早く本番が来るといいなあと思うのと、もう少しこのアンサンブルをリハーサルの中で楽しみたいなあというのと、とても楽しい。
 弦と木管のアレンジをやってくれているいづみちゃんの頑張りを是非当日観て下さい。
 もうゴージャスだす。

 66という数字を今年から来年の9月まで使います。
 宜しくお願いします。